パブラックさんは3代続く鉄鋼労働者だ。2024年7月、トランプ氏が銃撃されたペンシルベニア州での集会に偶然居合わせ、事件後、義憤に駆られてトランプ氏を支持する鉄鋼労働者の団体「スチールワーカーズ・フォー・トランプ」を立ち上げた。すでに会員数は3000人近くまで膨らんでいる。

 日本製鉄による買収には一貫して好意的で、「トランプ氏は米政府による少しの関与を通じ、投資継続と従業員の解雇防止を確実にするだろう」と期待を込めた。

 同じくステージに上がった従業員のカート・バーシックさんは、入社当時、上司から「こんなところで何をしている?この製鉄所が将来も残っていると思うのか。時間の無駄だぞ」と言われたエピソードを紹介した。マイクに向かって「でも今はこう言える。子どもや孫、ひ孫の世代にも、安定した給料の良い職場が残る。それはすべてトランプ大統領のおかげだ」と力を込め、同僚たちの拍手を浴びた。

国家安全保障協定に
盛り込まれた「黄金株」

 トランプ政権にとって鉄鋼業の再興は、雇用や地域経済の再生にとどまらず、国家安全保障の問題でもある。

 米国には、外国の不公正な貿易慣行を認定し、大統領の判断などで関税引き上げなどの制裁措置が取れる通商法301条があるが、トランプ大統領は、3月に始めた鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を行う根拠として、米政府が安全保障上の脅威と判断した場合に、高関税がかけられる通商拡大法232条を活用した。

 鉄は戦闘機や船舶などに幅広く使われる素材であり、中国などの外国製品に依存すれば、有事の際に調達が滞る恐れがある。政権はこうした状況を安全保障上の「脅威」とみなし、関税を引き上げた。これに対し、各国に課した包括的な「相互関税」などは国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とし、連邦最高裁で大統領権限の合法性が審理された。

 アービン工場での演説で、トランプ氏は「強い鉄鋼産業は、威厳や繁栄、誇りの問題だけではない。何よりも国家安全保障の問題なのだ」と語った。

 その理念を具体的な形で示したのが、日本製鉄とUSスチールが政権との間で6月に結んだ国家安全保障協定だった。協定では、USスチールが米政府に対して「黄金株」1株を発行することが盛り込まれた。

USスチールの意思決定は
アメリカ政府が握る?

 黄金株は、重要な経営事項に関する拒否権を持つ特別な株式であり、米政府はUSスチールの独立取締役を1人選ぶことができるほか、工場閉鎖や生産拠点の国外移転といった決定に対して拒否権を持つことになった。

『強権国家アメリカ「トランプ革命」の衝撃』書影強権国家アメリカ「トランプ革命」の衝撃』(読売新聞アメリカ総局、中央公論新社)

 それから3カ月後、黄金株はさっそく「威力」を発揮した。米メディアの報道によると、9月にUSスチールは中西部イリノイ州の製鉄所で生産停止を計画していたが、政権側は拒否権をちらつかせて、計画を撤回させたという。議決権のない黄金株は当初、象徴的な存在とみられていたが、トランプ政権は経営判断にも関与していく姿勢を見せた格好だ。

 協定には、日本製鉄が買収資金とは別に、2028年までに約110億ドルを投資することも明記された。その後の追加分を含めると、日本製鉄によるUSスチールへの投資額は、トランプ氏が演説で言及した約140億ドル規模に膨らむ見通しとなっている。

 日本製鉄が誇る、脱炭素化に対応した高炉の操業技術や、電気自動車(EV)のモーターに使われる最高級の電磁鋼板の生産技術などがUSスチールにも伝わることが期待されている。