「頭のいい人ほど、考えてから行動する」
多くの人はそう思っている。しかし実際には、頭のいい人ほど“考えるタイミング”を知っている。
文章を書くときも同じだ。最初から完璧な文章を書こうとして手が止まる人がいる一方で、スラスラ書ける人がいる。その違いは、才能や語彙力ではない。
書籍『ほんとうのことを書く練習』では、「書く私」と「読む私」という表現で、書き手の自分と読み手の自分に分ける効果について語られている。本記事では、その考え方をもとに、「頭のいい人が文章を書く前に考えない理由」を解説する。(構成・写真/ダイヤモンド社書籍編集局・今野良介)
「ハートで書け」
文章を書くとき、つい考えすぎてしまう人は多い。
・この表現で「合っている」のか
・変に思われないか
・もっといい表現があるのではないか
しかし、『ほんとうのことを書く練習』には、まずは“考えるな”とある。どういうことか。
引用されるのはガス・ヴァン・サント監督の映画『小説家を見つけたら』のセリフだ。
――『ほんとうのことを書く練習』より
これは文章だけの話ではない。
仕事でも会話でも、「最初から正解を出そう」とすると、止まる。
ここで誤解してはいけないのは、「頭のいい人は考えない」という意味ではない。
むしろ逆だ。
頭のいい人ほど、「いつ考えるべきか」を理解している。
『ほんとうのことを書く練習』では、
――『ほんとうのことを書く練習』より
と語られている。
最初から批評家にならないこと。いきなり自己否定しないこと。
つまり、アイデアを出す時間と、評価する時間を分けるのだ。
書けなくなる人は、
・書きながら評価する
・話しながら採点する
・考えながら否定する
ということを同時にやってしまう。
アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものだ。だから前に進めない。
考える時間が長すぎて進んでない。
そうではなく、まずは自由に出す。あとから整える。
発想の段階では「書く私」に任せ、推敲の段階になって初めて「読む私」を呼ぶ。
だから思考がスタックしない。
頭のいい人の特徴とは、知識の豊富さではない。
考える順番を間違えないことだ。
(本稿は、『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』の内容を引用して作成した記事です)








