Photo:JIJI
現代美術家・横尾忠則氏にとって、三島由紀夫は「遊び」を全身で体現するような人物だったという。約束の場でも仕事場でも、周囲の人間を巻き込みながら、まるで舞台のように空気を変えてしまう。人を驚かせ、翻弄し、ときに笑わせる。その振る舞いの奥には、三島ならではの美学があった。横尾氏が間近で見続けた、“常識では測れない作家”の素顔を綴る。※本稿は、現代美術家の横尾忠則『運命まかせ』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
集合時間前に到着しても
「遅い!」と一喝する三島由紀夫
多くの人が、悩み、苦しみ、悲しみ、怒りなどの感情から中々自由になれないのは、「遊び」を知らないからではないでしょうか。一般的な遊びといえば、酒場、カラオケ、マージャン、ゴルフなどの規格化された遊びを連想しますが、ここに行動そのものが遊びみたいな人がいます。
三島由紀夫さんです。三島さんの遊びは一般的なルールに従ったプレイ的な遊びではないけれど、三島さんと共有した時間の全てが僕には遊びに見えていました。
人を巻き込んだ、子供のいたずらに似た、少し悪意のある遊びで、芝居じみているけれどそれだけに演技力も必要です。
例えば、ホテルのティーサロンで約束の時間に会うことになりました。僕は2、3分遅刻しました。すでに三島さんはコーヒーをほとんど空にしたのを、わざと僕の目の前に置いて、「遅い!」と叱る。礼儀礼節にうるさい三島さんだけに、2、3分の遅刻でも許せないのです。
次にまた会うことになって約束の15分前に行きましたが、すでに三島さんは待っていて、また「遅い!」と言われました。
一体何分前に行けばいいのかと、困って悩む。そんな僕を見て楽しんでいるようにしか見えません。







