部下への気遣いから、「もしできれば」「手が空いていたら」という言い方をしてしまう――しかしその配慮が、部下にとって最も困る状況をつくり出しているかもしれない。

できれば

配慮のつもりが、混乱を生んでいる

部下に仕事を頼むとき、ついこんな枕詞をつけてしまうことがある。
「もしできれば、この資料を作っておいてもらえると助かる」
「もし手が空いていたらでいいから、日程調整をやってくれる?」
相手の忙しさを気遣いたい、無理強いする嫌な上司だと思われたくない、
断られたときに傷つきたくない――
こうした気持ちから生まれる言い方だ。

しかしこの「仮定法の指示」が、部下を混乱の渦に突き落とすとされている。
「もし手が空いていたら」という言葉を受け取った部下は、
まず「自分は今、手が空いていると判断していいのか」を考えなければならない。
次に「これはやらなくていい案件なのか、やらなければいけない案件なのか」を判断しなければならない。
上司が配慮のつもりで残した「断る余地」が、
部下に余計な判断コストを強いることになるのだ。

仮定法を使った指示は、部下を混乱させるだけだ

「もしできれば、この資料を作っておいてもらえると助かる」
「もし手が空いていたらでいいから、日程調整をやってくれる?」
部下に仕事を頼むとき、ついこのような枕詞をつけてしまっていないでしょうか?
「相手の忙しさを気遣って配慮したくなる」「無理強いする嫌な上司だと思われたくない」「断られたときに傷つきたくない」このような気持ちは、私にもよくわかります。
しかし、はっきり言います。
仮定法を使い、断る余地を残した指示は、部下を混乱の渦に突き落とすだけです。

「もしできれば」という言葉がある限り、部下にとってその仕事は「任意」に映る。
他の仕事が立て込んでいれば後回しにし、
気づいたら期限を過ぎていた――そうした事態が起きやすくなる。
上司は「頼んだはずだ」と感じ、部下は「できればでいいと言っていた」と感じる。
この認識のズレが、不満とすれ違いを生む温床になっていく。

また、断る余地を残した指示は、部下に「断っていいのかどうか」という判断も求める。
断れば上司の期待を裏切るかもしれないという不安、
断らなければ自分の仕事が圧迫されるという懸念――
その板挟みの中で、部下は余計なストレスを抱えることになる。
気遣いのつもりの言葉が、部下の心理的な負担を増やしているのだ。

明確な指示が、部下を楽にする

「もしできれば」をやめ、「この資料を金曜の18時までに作ってほしい」と伝えること――
それだけで、部下は判断に迷う必要がなくなる。
やるべきかどうかではなく、どうやるかに集中できるようになる。
明確な指示は、一見すると強引に見えるかもしれないが、
部下にとっては最も動きやすい状態をつくるものだ。

もし本当に部下の状況を配慮したいなら、
「もしできれば」という枕詞をつけることよりも、
「今の仕事の状況はどうか」を先に確認する方が誠実だ。
状況を把握したうえで指示を出す方が、
曖昧な言い方で相手に判断を委ねるより、
はるかに相手への配慮として機能する。

次に部下に仕事を頼むとき、「もしできれば」をやめ、「◯◯までにやってほしい」と言い切ることだけでいい。

(本記事は、書籍『コンサル時代に教わった 仕事ができる上司の当たり前』をもとに作成しました)