細木数子さん細木数子さん Photo:SANKEI

カリスマ占い師として2000年代にバラエティ番組に出演し、一世を風靡した細木数子を覚えているだろうか。実は彼女は20代の頃、玉の輿婚を果たしたもののわずか3カ月で家を飛び出している。その後、銀座で店を開き、どのように水商売の世界でのし上がっていったのか。戸田恵梨香主演のNetflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』が話題の今、細木数子の知られざる原点に迫る。※本稿は、ノンフィクション作家の溝口敦『細木数子 魔女の履歴書 新装版』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

最初の結婚相手が語る
離婚の真相とは

『かずさ』時代の1963(昭和38)年3月、細木は静岡市の眼鏡店の跡継ぎ息子Hと結婚する。Hは細木より1歳年上で、日本橋の『金宝堂』で見習い修業中、銀座の美容院から出てきたばかりの細木に一目惚れして尾行し、『かずさ』を突き止めて通い詰めたという。

〈それまでの数子に恋愛体験がなかったわけではありません。でも、それらの恋愛は、いわば女性を扱い慣れた年配の男たちと、数子もその男たちにレベルを合わせようと無理に背伸びをしての、お互いに打算ずくの恋愛でした〉(『女の履歴書』)

 もっともこのころ細木は純な気持ちで恋愛もしている。相手は日活俳優の青山恭二(1937年生まれ。細木より1歳年長)だった。青山は中央大学を中退し、東宝のニューフェースから日活に転じた。1956年『燃ゆる黒帯 花の高校生』から1963年『機動捜査班 警視十三号応答なし』まで79本の映画に出演している。石原裕次郎らと同世代で、二線級の役者だった。1968年までテレビにも出たが、その後、奄美大島の名瀬で漁師をしているという。