両陛下のお顔を見た途端
数日間の緊張がほぐれた

 そして耳の問題が解決しないまま当日がやってきてしまったのです。皇居に行く前にホテルオークラで一緒に陛下にお会いする初対面の北大路欣也さんからご挨拶されて、再び緊張してしまった。

 そして、時間はどんどん迫ってくる。どうしていいか焦るばかり。横で妻が話すが、何をいっているのかチンプンカンプン。文部科学大臣主催の午餐会に出席して色んな人から声を掛けられるが話の内容が全く聴き取れない。

 そうこうしているうちに皇居に向うバスに乗ることになって、僕は最高潮のパニック状態に襲われ始めたのです。

 そして皇居でいよいよ天皇、皇后両陛下を目の前にしながらの懇談が始まりました。

 これまで味わったことのないほどの緊張です。陛下より先に話さないようにという注意事項もすっかり忘れてしまって、陛下より先に難聴になった状況の話を始めてしまいました。

 シマッタと思って両陛下のお顔を拝見したところ、お2人共、大変慈愛に満ちた優しい表情で、静かに微笑を浮かべられながら僕の何を言っているのか自覚できないひとり語りに耳を傾けて聴いて下さっていたのです。

書影『運命まかせ』(横尾忠則、新潮社)『運命まかせ』(横尾忠則、新潮社)

 そのことに気づいてホッと胸をなで下しました。次の瞬間この数日間の緊張が一瞬にしてほぐれて実に平安な気持になっていくのがわかりました。

 そして僕の話のあとに陛下が、僕にも聴こえる優しいお声で話し掛けられたのは、NHKの大河ドラマ、「いだてん」の僕の描いたタイトルロゴについてでした。

 僕の本業である画家としての仕事でなく、今はほとんどしていないグラフィックの仕事にも目を掛けて下さっていたことに感動してしまい、思わず、「テレビはよくご覧になるのですか」と禁じられていた質問を発してしまったのです。

 こうして長い1日が終りましたが、皇居を後にして見る東京の夜景は、まるで異次元の光景のように至福に満ちていました。