緊張していた私とは反対に、健一さんはかなりくだけた人のようだった。今までオウムのことを聞きに来た人は1人もいなかったと驚きつつも、「取材に応じることはかまわない」と快諾してくれた。しかし、彼にとっては遠い昔の話だ。さらに、暗い過去としてとらえているのか、「記憶に蓋をして生きてきた」と話すとおり、思い出せる話もまばらな様子だった。それでも私の質問になんとか答えようとする姿から、誠実な性格が読み取れた。

妻や子どもにもウソ
「素性は誰も知らない」

 事件後、オウム真理教と完全に離れた生活を送ってきたという健一さんは、完全にオウムの教えを捨てていた。

「今になって思うと、なぜ大人たちが麻原のもとに集まったのか全然わからないし、理解できない。自分は子どもだったから、ついていっただけで。オウムの教えも『そんなもんかぁ』くらいにしか思ってなかった。あの経験があったから、今はカルトに対して本当に嫌悪感があるよ。人に言われたことを100%信じるとか、あり得ないから。まわりにも言っている、ちゃんと自分で考えろって」

 さらに詳しく聞きたかったのだが、この日は、別件があるということで、長居はできなかった。連絡先を交換し、後日改めて話を聞くことになった。終始、柔らかい態度で応じてくれていた健一さんだったが、別れ際、「自宅には取材に来ないように」と私に釘を刺した。その口調は、この数十分で打ち解けた空気をリセットさせてしまうほど厳しかった。

「家族にも同僚にも自分がオウム信者だったことはバレていない。素性は誰も知らない」

 健一さんは30年もの間、かつてオウムに身を置いていたことをひた隠しにしていたのだ。友人や知人のみならず、長年連れ添っている妻や子どもにさえも、ウソをついてきた過去を語っていた。

 予想していたケースではあったが、いざ本人の口からその事実を聞くと、オウムが子どもだった彼に背負わせた「未来」は、あまりにも重かった。

「迫害されている」という主張を
信者たちは疑わず信じていた

 その後、数回にわたって健一さんの過去について話を聞いた。さらに匿名を条件に、カメラの前でインタビューにも応じてくれることになった。

 健一さんが出家したのは、平成に入って間もない、小学4年生の頃だった。当時、信者の間ではハルマゲドン=終末戦争が起きるという話がたびたび持ち上がっており、出家する人が増えていたという。みな「攻撃を受けている」「迫害されている」と、教団側の主張の一切を信じ込んでいたと話す。