オウム真理教の教祖、麻原彰晃のマスクを被り都内をパレードするオウムの信者たち=1990年01月27日、都内(※オンライン記事にのみ使用している画像です) Photo:SANKEI
地下鉄サリン事件から30年。オウム真理教の施設で育った40代の男性は、現在は会社員として働き、家庭を築いている。しかし、妻や子ども、同僚にさえ、自らの過去を明かしていない。「オウムの子だった頃は楽しかった」と振り返る一方で、その記憶は今も人生に重い影を落としている。取材班がたどり着いた元信者が語った、“オウムの子ども”として生きた日々とは。※本稿は、NHK「クローズアップ現代」取材班による『オウム真理教の子どもたち』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋・編集したものです。
「よくたどり着きましたね」
元信者はそう言って笑った
筆者が把握している情報では、健一さん(仮名)は40代。近くで見ると、男性の年の頃は合致する。筆者は名刺を渡し、取材のために訪ねてきたことを告げる。まずは名前を確認したい。核心部分はまだ伝えられないので、なんとも頼りない聞き方になってしまった。
「このへんで取材しておりまして……。健一さんでいらっしゃいますか」
「そうです」
同僚が出てこなくてよかった。
「事務所、おひとりですか?」
「ええ、まあ」
無事、1対1の状況で話ができる環境が整った。しかし、同姓同名の可能性はまだ消えていない。はやる気持ちを抑えつつ、次の問いかけを探る。待ち時間にシミュレーションは嫌というほどしていたはずだが、いざそのときがやってくると、うまく言葉が見つからない。
私は端的に取材の趣旨を説明することにした。
「今、『オウム真理教の子どもたち』というテーマで取材を進めています」
オウムという言葉にどう反応するのか見たかった。少しの間、沈黙したかと思うと、「なるほど。よくたどり着きましたね」と彼は笑った。そして「外は寒いから」と事務所に招き入れてくれた。







