『ブティック』著者・池井戸潤さん最新作『ブティック』著者インタビューの第3弾。池井戸潤さんに「登場人物の描き方」について聞きました。 Photo by Yoshihisa Wada

「半沢直樹」シリーズや「下町ロケット」シリーズで知られる池井戸潤さんの最新作『ブティック』が発売されました。本作の刊行を記念したインタビューの第3弾をお届けします。発売直後から、「自分と(と主人公)を重ねてしまった」「職場の“あるある“がリアル過ぎる」と、読者からの共感の声が集まっています。なぜ池井戸作品は、働く人の心をここまで掴むことができるのか。そして、なぜ何度も読み返したくなってしまうのか。読者が思わず登場人物に感情移入してしまう理由を、池井戸さんに、“人物の描き方”という視点から聞きました。(ダイヤモンド社論説委員 浅島亮子)

推しカメラ「チッケム」のように
多面的な視点で楽しめる!

――『ブティック』を読まれた方から、「働く人、特に組織でもがくビジネスパーソンの描写が抜群です。“あるある”と共感しながら読めました」という声が届いています。職場での会話や人間関係の機微に、実際の会社生活でもありそうだと感じる読者が多いようです。

池井戸 登場人物に想いを馳せながら読み進めてくださったみたいで、そうした反応は嬉しいですね。

――主人公の雨宮秋都(あまみや・しゅうと)は、池井戸さんのファンにはおなじみの東京中央銀行(半沢直樹が勤めている)に入行して3年目。エリート街道を歩んできましたが、ある案件をきっかけに、理不尽な戦力外通告を受けてしまいます。

池井戸 入行3年目というと、ビジネスパーソンとしてはまだまだ駆け出しです。それなのに、早くも人生の分岐点に立たされてしまう。秋都は決してヒーローではありません。順風満帆な人生を歩んでいるわけではないですし、迷いや弱さもあります。そういう等身大の人物像が共感していただけるのかもしれませんね。

池井戸潤さんいけいど・じゅん/1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。 98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞、23年『ハヤブサ消防団』で柴田錬三郎賞を受賞。 主な作品に「半沢直樹」シリーズ(『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』『アルルカンと道化師』)、「下町ロケット」シリーズ(『下町ロケット』『ガウディ計画』『ゴースト』『ヤタガラス』)、『シャイロックの子供たち』『空飛ぶタイヤ』『民王』『七つの会議』『陸王』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ノーサイド・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』『アキラとあきら』『BT’63』『ハヤブサ消防団』『俺たちの箱根駅伝』がある。

――今回の作品も、登場人物の数が非常に多いですよね。

池井戸 僕の作品では、だいたい毎回60人から70人くらい登場していると思います。数えてませんが、『ブティック』もそのくらいは出ているんじゃないでしょうか。

――主だった人物だけで60人ほど登場しますね。それだけ多くの人物が出てくるのに、一人ひとりのキャラクターがしっかり立っているのが印象的です。でも、お名前を考えるだけでも一苦労しそうですね。

池井戸 あまりに人数が多いので、いつか全作品の登場人物を整理したいと思っています(笑)。名前を考えるのも……なかなか大変ですよ。『俺たちの箱根駅伝』(文藝春秋)では足の速そうなランナーの名前を意識して名付けました。

――『ブティック』では、色にまつわる珍しい名前の親子が登場します。モデルになった人物は実在するのでしょうか。

池井戸 群琥珀(むれ・こはく)親子ですね。この親子にモデルはおりません。ただ実は、『ブティック』には、実在の人物を参考にした登場人物もちらほら出てくるんですよ。

――そうなんですか。読者としては気になるところです。追々、ぜひ教えてください。

池井戸さんの作品には、「リアリティがあって、共感できる」という感想が多く寄せられています。『ノーサイド・ゲーム』(ダイヤモンド社)の担当編集者は、「池井戸先生の作品は“チッケム”のように、多面的な視点で楽しめる」と話していました。

池井戸 チッケム……というのはどのような意味なのでしょうか。

――韓国語の略語で「直カメラ」のことです。“推しカメラ”とも呼ばれます。K-POPのライブや音楽番組で、グループ全体ではなく「特定のメンバー一人だけ」を映し続ける映像のことをチッケムと呼ぶそうなんです。

池井戸 なるほど。全体の映像とは別に、“推し”メンバーの表情やダンスを堪能できるわけですね。

――そうなんです。たとえば、『ブティック』を最初に読む時は、主人公の雨宮の視点で読みます。でも二度目はライバルや敵役、あるいは重鎮の立場で読むと、また違った物語に見えてくるんです。読者は「今の自分」を、それぞれの登場人物に重ねながら読むので、何度でも楽しめます。一度読んでいるので結末を知っているはずなのですが、「この人物は、あの時こんなことを考えていたのか」と新しい発見があります。だから、また読み返したくなるのだと思います。

池井戸 たくさんの登場人物は、それぞれ必然性があって登場させています。多面的な視点については、かなり意識しながら書いています。

――本来ならば引き立て役になりそうな人物――。敵役や、少し頼りない人物にまで感情移入してしまいます。単純な勧善懲悪になっていないところも、池井戸さんの作品の魅力だと思います。

池井戸 場合によっては、完璧な主人公じゃなくてもいいんです。別の人物の目線を通して読むことで、新しい景色が広がることもあります。読者の皆さんのそれぞれの視点で読んでいただけたら、また違った物語が立ち上がってくるかもしれません。