同じ仕事でも「つまらない」と感じる人と、やりがいをもって楽しめる人がいます。その違いはどこから生まれるのでしょうか。3万人以上を分析した作家、言語化コンサルタントの木暮太一氏に、できる人の「仕事の意味」の見つけ方について伺いました。

「仕事がつまらない」という人の特徴・ワースト1Photo: Adobe Stock

働いていて虚しくなるとき

「この仕事、何のためにやっているんだろう」

 ふとした瞬間に、そう思って手が止まることがあります。やるべきことはこなしているし、ミスもしていない。それなのに、やりがいがないし、仕事の意味が感じられない。

 じつは、まじめに働いている人ほど、この問いにぶつかります。

 最初に言っておきたいのは、それは気持ちの甘えでもサボりでもない、ということです。「意味のないことに時間を使いたくない」という、まっとうな感覚の表れです。だから、自分を責める必要はありません。問題は、やる気ではなく、意味の探し方にあります。

「変化」を意識していないからつまらない

 多くの人は、仕事の意味を、自分の内側に探します。「やりがいは何か」「これは自分の天職なのか」と。でも、いくら自分の中を掘っても、たいてい答えは出てきません。なぜなら、意味は、自分の内側にはないからです。

 では、どこにあるのか。相手の側にあります。

 ぼくは、仕事とは「相手の負荷を下げること」だと考えています。これが相手に対する貢献であり、相手の負荷を下げられたときに、ぼくらは「仕事をした」と言える。僕はそう考えています。

 そして言い方を変えると、相手の負荷を下げるとは「相手に与える変化」です。

 どんな仕事も、突き詰めれば、誰かの状態を、ある状態から別の状態へ変えている。

 資料をつくる仕事は、上司が「判断できない状態」を「判断できる状態」に変えます。

 経理の仕事は、会社の「お金の流れが見えない状態」を「見える状態」に変える。

 荷物を運ぶ仕事は、商品が「届いていない状態」を「届いた状態」に変える。

 営業は、相手が「その商品を知らない状態」を「使って得をしている状態」に変える。

 つまり、あなたの仕事には必ず、変化を受け取る「相手」と、与えている「変化の中身」があります。この二つが見えているかどうかで、同じ仕事でも、意味の感じ方はまるで変わります。

 その仕事が「意味のないもの」に見えたとしたら、それはこの「相手」と「変化」が見えなくなっているせいです。目の前のタスクを、ただの作業としてこなしているだけだから、無意味なものに見えてしまう。自分が誰のどんな状態を変えているのかが、意識から抜け落ちている。だから、意味が感じられない。仕事の内容が悪いのではなく、捉え方が、作業どまりになっているのです。

仕事の意義を再定義する

 だとすれば、意義を見つける方法はシンプルです。「自分は、誰の、どんな状態を、どう変えたのか」を考える。それだけです。

 ぼく自身がそうでした。「怒られ侍」と呼ばれていた新人時代、ぼくは目の前の作業を「自分がこなすノルマ」としか見ていませんでした。だから、いくらやっても虚しかった。

 でも、あるとき気づいたんです。自分がつくった資料が、会議で止まっていた議論を、一つ前に進めていました。「この資料があったから、みんなが一つ結論を出すことができた」と感じることができました。

 そしてそう感じてから、自分の仕事に意味を感じられるようになりました。やっていることは、何も変わっていません。捉え方を、作業から変化へ、変えただけです。

 いまぼくが本を書いているのも、本質はまったく同じです。

 読者の「わからない」を「わかる」に変える。相手の状態を変えるという一点で、新人時代に資料をつくっていたことと、何も違いません。自分が与えている変化を意識できるようになってから、仕事の手応えは、はっきり変わりました。

 今日からできることを、一つだけ。一日の終わりに、「今日、自分は、誰の、どんな状態を変えたか」を、一行でいいので書き出してみてください。

「Aさんが探していた資料を渡して、調べる手間をなくした」
「取引先の不安な状態を、説明して、納得した状態に変えた」

 小さくてかまいません。書き出してみると、自分の仕事が、ちゃんと誰かの状態を変えていたことが見えてきます。

自分がやるべきことが、より明確に見えてくる

 この振り返りには、もう一つ効果があります。自分の仕事が生む「変化」が見えてくると、どこに力を入れるべきかも、はっきりしてくるのです。

 相手の状態を大きく変えている仕事は、価値も非常に大きい。逆に、誰の状態も変えていない作業、少なくとも誰もその変化を明確に言えないような作業は、おそらく価値が小さい。であれば、思い切ってやめてもいいかもしれません。

「これは誰の、何を変えているのか」と自問し、答えに詰まる仕事があれば、それは見直すサインです。意義を考えることは、ただ前向きになるためだけではなく、自分の時間の使い方を、賢く選び直すことにもつながります。

 ここで一つ、注意があります。変化の相手は、必ずしも遠くの「お客様」や「社会」である必要はありません。隣の同僚でも、上司でも、後輩でも十分です。大きな意味を探そうとすると、かえって見つからなくなる。まずは、いちばん近くにいる一人の状態を、自分がどう変えたかから考える。それが、意義をいちばん見つけやすい入口です。

 仕事の意義とは、どこかから探してくるものではありません。ましてや自動的に誰かが教えてくれるものでもありません。自分が誰にどんな変化を与えたかを振り返ることで、後から見えてくるものです。やる気が出ないときこそ、目を向ける先を、自分の内側から、自分が変えた相手へと移してみてください。いままで気づかなかったあなたの仕事の意義が見つかるでしょう。

(本稿は、木暮太一著『仕事ができる人の頭のなか』に関連した書き下ろし記事です)