日本の旅行・観光業は長期的にみると必ずしも安泰とはいえない――。星野リゾート代表・星野佳路さんは、その課題の一つに「自然観光の弱さ」を挙げる。なぜ自然観光はそこまで重要なのか? そして、それを解決するための方策とは? (構成/斎藤哲也)
読者の反響が大きかった記事を、一部編集し再配信します。(記事初出時の公開日:2021年2月11日)
今は調子がいいけれど…
星野佳路(ほしの・よしはる)さん星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。
日本では今、旺盛なインバウンド(訪日外国人客)需要が続いています。今後も、短期的にはそうでしょう。しかし、持続可能な観光産業という視点から考えた場合、日本のインバウンドの現場は弱点を抱えています。
その一つは、成長セグメントであるインバウンドの効果が一部の地域に限定され、国内観光地に広くは行き渡っていないということです。
観光庁の訪日外国人消費動向調査(2019年)によれば、外国人観光客の消費額は、東京だけで全体の35%、上位5都道府県(東京・大阪・北海道・京都・福岡)で全体の70%以上を占めています。この傾向はそれ以前から長く続いているものです。
数字を見れば分かるように、日本の観光業には構造的なインバウンド格差が生じてしまっている。これは「観光立国」が当初目指していた地域振興の姿とは違った状態になっていることを意味しています。
このインバウンド格差を生み出している原因は複数ありますが、その一つの要因として、日本の観光業は文化観光に比べて自然観光が弱い点が挙げられます。だから、東京や京都、大阪といった従来の都市型観光地に観光客が集中してしまうわけです。
誤解のないように言っておくと、自然観光が弱いということは、自然資源に魅力がないということではありません。それどころか、日本各地には豊かな自然がたくさんあり、国立公園は34カ所もあります。にもかかわらず、世界的に見て日本の自然観光が弱い点が問題なのです。
自然観光が強いことのメリット
自然観光を充実させることの大きな利点は、インバウンドのリピーターを増やすことにあります。
たとえば米カリフォルニア州には、世界遺産にも登録されているヨセミテ国立公園があり、アメリカ国内だけでなく、世界中から多くの観光客を集めています。ヨセミテは、サンフランシスコやロサンゼルスを経由して行くのですが、サンフランシスコやロサンゼルスを初めて観光する外国人はなかなかヨセミテまでは足を伸ばしません。
米ヨセミテ国立公園はサンフランシスコのリピートにつながっている(写真はイメージです) Photo: Adobe Stock
でも、サンフランシスコを訪れて、ヨセミテ国立公園の存在を知れば、いずれ観光してみたいと思うようになる。そして実際にヨセミテを訪れる場合、経由地であるサンフランシスコやロサンゼルスをリピートすることになるわけです。
あるいは、カリフォルニアにはナパ・バレーという有名なワインの産地もありますが、ここもサンフランシスコを経由地とします。
もしヨセミテやナパ・バレーがなければ、サンフランシスコは一度観光すればいい場所になっていたかもしれません。でも、ヨセミテやナパ・バレーが魅力的な観光地になっていることで、サンフランシスコのリピーターも増えることになるのです。
日本にも同じことがいえます。日本政府は、「2030年までに外国人旅行者数6000万人」という目標を掲げています。この数字の是非は置いておくとして、仮に6000万人に達したとしても、その後、下降線をたどってしまったら観光は持続可能な産業にはなり得ません。
では、どうすれば6000万人を維持できるか。そのために必要な施策の一つが、「インバウンド・リピーターを増やす」ことです。そのときに、これまでのように東京や大阪、京都に偏重した観光では心もとない。下手をすれば日本は、世界の人たちから見れば「一生に一度、行けばいい場所」になってしまいます。
そこで重要になるのが、ヨセミテやナパ・バレーのような役割を果たす自然観光です。日本の世界遺産や国立公園が魅力的な観光地になれば、東京や大阪に一度来た外国人に、また日本に行ってみたいと思ってもらえる機会をつくることができる。それは世界遺産や国立公園のある地域の振興になるだけでなく、ゲートウェイとして東京や大阪などへのリピート率も高め、新しい文化観光の需要にも貢献するでしょう。
ここが変だよ、日本の自然遺産
しかし残念ながら、現在の日本の自然観光は、世界遺産でさえも観光需要を十分に創出し切れていません。
日本には、鹿児島県の屋久島、青森県と秋田県にまたがる白神山地、北海道の知床、小笠原諸島という4カ所の世界自然遺産があります。いずれも素晴らしい自然遺産ですが、その素晴らしさを体感していただけるコンテンツが未熟であり、その本当の良さを国内外に伝えきれていないと感じています。そのため、これらの自然遺産は、世界遺産に登録された直後は一時的に来訪者が増えましたが、以降、趨勢的に減少しているのが現状です。
なぜ、日本の自然遺産への来訪者が伸び悩んでいるのでしょうか。一つの理由は、私たちが長い間、自然保護と観光振興は相反する概念として捉えてきたからだと考えています。簡単に言えば、観光振興は自然を破壊する、という思い込みです。
私は1990年代に世界の自然観光のあり方が大きく転換しつつあることを感じ、当時新しい分野としてのエコツーリズムを学びました。それは自然保護と自然の観光活用は両立する、もっと言えば補完関係になり得るという概念です。
自然遺産にとって絶対にあってはならないことは、豊かな自然環境が破壊されてしまうことです。エコツーリズムという観光のあり方は、保護や保全活動に二つの意味でプラスになります。
第一は、観光を通じて自然遺産の希少さを広く伝えることができ、保護や保全活動への理解の促進につながります。
第二に、観光産業は、現在は決して十分とは言えない保護や保全活動の資金源となる潜在力を持っています。「エコツーリズム」で目指すべきは、貴重な自然があるから成り立つ観光産業であり、その自然は産業から得られる資金で保護される、という補完的な仕組みなのです。
私は、03年に環境省が主催したエコツーリズム推進会議に参加しました。その後07年に「エコツーリズム推進法」が成立しています。しかし、今でもまだ日本にはエコツーリズムの仕組みが本来の意味で実現できていない、と考えています。
先述した米国のヨセミテ国立公園には、1927年開業の旧アワニー・ホテルがあり、モンタナ州・ワイオミング州・アイダホ州にまたがるイエローストーン国立公園にはオールド・フェイスフルをはじめとする上質なホテルが、それぞれ公園の敷地内にあります。ただし、公園の自然を守るためにはガイドやレンジャーが必要です。彼らを雇う資金を確保する上でも集客を確保する必要があり、観光地としての魅力を高め続けています。良い循環の仕組みが回っているのです。
自然保護だけを目的とするならば、世界遺産に立候補する必要はないのだと思います。世界遺産として登録した以上は、エコツーリズムの仕組みを実現するという理想に向かって進んでほしい、と考えています。
今、環境省では国立公園満喫プロジェクトが進み始めています。その目的においてインバウンド増加の要素が強過ぎることに私は少し懸念していますが、保護と活用の両立を目指して動いていることは大変評価できますし、今後期待できると考えています。日本の自然観光を強くすることは、観光立国への避けては通れない重要なステップなのです。



