いま最も危ないのは、変化することではない。何もしないことだ――そう聞いて、意外に感じるだろうか。人手不足、縮んでいく市場、そして止まらない人口減少。逆風に囲まれた現代で、私たちはつい守りに入ってしまう。だが経営学の巨人ピーター・ドラッカーは、その「現状維持」こそが最大のリスクだと言い切る。しかも彼は、逆風の正体であるはずの人口減少さえ、イノベーションを生む「7つの機会」の5番目に数えているのだ。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、令和の現在に役立つ知を、『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』を手がかりに取り出していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

逆風に立ちすくむ私たち
人手不足、縮んでいく市場、そして止まらない人口減少。令和の日本で働く人なら、誰もが日々こうした重さを感じているのではないだろうか。希望よりも不安が先に立つ時代である。
働き手が足りないために、運べるはずの荷物が運べない。続けたいサービスが、担い手不足で街から消えていく。そんな話は、もはやどの業界でも珍しくなくなった。
こうした逆風の前で、私たちはつい身をすくめてしまう。だがドラッカーは、それとはまったく逆の構えを教えてくれる。
企業家とは変化を使う人
そもそも企業家とは何者か。本書によれば、それは資源を生産性の低い場所から高い場所へと動かし、変化を当然で健全なものとして受け止める人のことである。
ここで大切なのは、企業家精神が一部の天才だけのものではないという点だ。ドラッカーは、それは生まれ持った気質ではなく、学んで身につけられる行動だと言い切る。
企業家精神とは気質ではなく行動である。しかもその基礎となるのは、勘ではなく、原理であり、方法である。
――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より
つまり、ひらめきや度胸の有無が問われているのではない。変化こそ最大の味方と考え、それを探し出して使いこなす――その姿勢こそが企業家精神の核心なのだという。
しかし、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用する。これが企業家および企業家精神の定義である。
――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より
現状維持こそ最大のリスク
「企業家精神には大きなリスクが伴う」。多くの人がそう信じている。だが本書はこの通念を真っ向から否定し、むしろ動かずにいる人のほうが危ういと説く。
多少なりとも成功すれば、その果実はわずかなリスクを補って余りある。それどころか、すでに機会のある分野で何もせず現状維持を続けるほうが、よほど危ういというのだ。
しかし多少なりとも成功すれば、その成功はいかなるリスクをも相殺して余りあるほど大きい。したがって企業家精神は、単なる最適化よりもはるかにリスクが小さいというべきである。
――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より
動かないことが一番安全だ、という思い込みは捨てたほうがよさそうだ。変化の時代において、最もリスクが小さい挑戦こそが企業家精神なのだ、と本書は教える。
人口減少は「7つの機会」の5番目だ
ドラッカーは、イノベーションの機会は7つあると整理した。そのうち5番目に置かれているのが、ほかでもない「人口構造の変化」である。
つまり、私たちが脅威としか見ていない人口減少も、ドラッカーの枠組みではれっきとした機会の一つなのだ。視点を変えれば、そこには新しい需要やしくみが眠っているのではないだろうか。
実際に、人口減少を前提として動いた自治体がある。千葉県の流山市は、行政に民間さながらの「マーケティング課」を設け、「母になるなら、流山市。」という旗印で子育て世代に的を絞り、ベッドタウンでありながら全国でも例外的に人口を増やしてきた。
観光資源に乏しい一地方都市が、経営の発想を持ち込んで成果を上げる。これは才能ではなく方法の勝利のように見えるのではないだろうか。
イノベーションも企業家精神も、特別な才能ではなく学べる方法である――それが本書を貫く一貫したメッセージだ。逆風のただ中に機会を静かに探し直すことから、令和の挑戦は始まるのではないだろうか。






