新興企業の方が、歴史ある企業よりも未知の市場で適応しやすいワケ
これは精神論ではない。近年の経営学は、稲盛氏が現場でつかんだこの直観は、経営理論として裏づけられている。
シェイカー・A・ザハラらが2018年に発表した「learning advantages of newness(新しさの学習優位性)」をめぐる研究が、まさにこの問いに正面から答えている。
なぜ実績も資源もない若い企業のほうが、未知の海外市場でベテラン企業より速く学び、適応できるのか。論文はその構造を、こう説明する。
《構造的な要因とは、新興企業は既存の企業に比べて既存のルーチンが少なく、結果としてコンピテンシー・トラップ(過去の成功体験への固執による硬直化)に陥るリスクが少ないという事実を指す。新興企業は確立されたルーチン、規則、組織の記憶に縛られていないため、国際市場における新たな機会をより容易に認識し、探索するための優れた能力を備えている》
《第一に、国内市場で開発・使用してきたルーティンをアンラーニング(学習棄却)しなければならないことが多い既存企業に対し、新興企業は学習面で大きな優位性を持つと考えられている》
稲盛氏が「常識にとらわれない」と表現したものを、論文は「既存のルーティンに縛られない構造」と言い換えているにすぎない。経営の神様の肌感覚と、学術の言葉が、ぴたりと重なる。
この研究のすごみは、経営学が長年抱えてきた矛盾を鮮やかに解消したところにある。
組織学習論では「経験を積んだ古い企業ほど知識が蓄積し、新しいものを吸収する能力(吸収能力)が高い」というのが大前提だった。ところが国際アントレプレナーシップ論では「創業まもない若い企業のほうが海外で速く学び、伸びる」という、真逆の事実が報告されていた。2つの理論は正面から食い違っていた。
ザハラ氏らは双方の前提を掘り下げて組み立て直し、どちらがどんな条件で成立するのかを、一つの枠組みのなかで説明しきった。理論の“ケンカ”を、調停してみせたのだ。







