ここで、最初のきしめん屋に戻る。
もうかるきしめん屋と、赤字のきしめん屋。同じ麺、同じ立地、同じ資本。それでも明暗が分かれる。稲盛氏は、その違いを生む1番の要素を、たった1語で名指しした。素人を成功へ運ぶ燃料の正体を、彼は手の届く日常の風景のなかからつかみ出していたのだ。
技術ではない。資源でもない。才能でもない。
人が見ていようといまいと、朝早くから夜遅くまで働き続けられるかどうか。二宮尊徳は、その至誠に天地さえ動いた、と内村鑑三は書いている。
稲盛氏はこの一点に惹かれた。彼の「経営十二ヵ条」に「誰にも負けない努力をする」と掲げたのも、同じ確信からだ。
ど素人が成功するための、たった一つの条件
素人の自由は、この燃料を得て、はじめてベテランを置き去りにする速さに変わる。素人ゆえの身軽さを、誰にも負けない努力でひたすら漕ぎ続けられるか。分かれ目は、そこにしかない。
経営学が長い時間をかけて証明したのは、この稲盛氏の確信が気合の問題ではなく、構造の問題だったということだ。
素人が、おそれを知らぬまま、努力を積む。そのとき若さと未経験は弱点ではなくなり、ベテランが決して持てない速さと自由へ化ける。
だからもう、こう言ってはならない。
「親から継いだパッとしない商売だから、ウチはダメだ」と。
パッとしない事業にしているのは、ほかでもない、その当人なのだ。何もないど素人が成功する条件は、最初から最後まで、たった一つしかない。
勤勉さ。
それだけである。うまくいかない、状況が悪いなどと泣き言を言って、他人の足を引っ張ってないで、今から、誰にも負けない努力を始めろ!








