喪失感は無理に消そうとせず、無理に忘れようと過剰に働かず、「脇に置いて淡々と日々を過ごす」ことが回復の近道です。人間の脳には処理する力があるため、依存的な行動は控え、感情の波が収まるのを待ちましょう。エネルギーがある場合は同じ刺激に触れ続け執着を薄める「脱感作」も有効です。先の不安よりも、今に集中して過ごすことが大切です。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・斎藤順)
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喪失感の癒し方:私自身の経験と気づき
今日のテーマは、「喪失感の癒し方」についてお話ししたいと思います。
その前に、実際に私に起きた出来事を少しお話しさせてください。
愛する家族とパートナーとの突然の別れ
私は過去に、父親とパートナーを立て続けに亡くすという経験をしました。
2009年に父が倒れ、その1年後に亡くなりました。私は父にとても可愛がられていて、たくさんの思い出があり、「何があっても父が守ってくれるだろう」という甘い感覚を持っていたほどでした。本当に強い人だった父が突然倒れ、日常が終わってしまったのです。
私が医者になり、実家のクリニックへ戻って一緒に働き始めてから、わずか2週間ほどのことでした。倒れる直前、「あとはお前が結婚して孫を見せてくれるだけだ」と笑って話していたのを今でも思い出します。
そして、父の死のショックからようやく立ち直りかけていた3年後、今度は7年半一緒に暮らし、ほぼ毎日を共に過ごしていたパートナーが突然亡くなってしまいました。こちらはもう、言葉にできないほどの喪失感でした。私はあまり多くの人と交流するタイプではなく、パートナーがいると「世界は2人だけ」という勢いで過ごしてしまう人間です。そのため、自分の世界そのものがなくなってしまったような衝撃でした。
喪失感から逃れるための「仕事」が招いたうつ病
パートナーの死は、ちょうど2人で一緒に新しいクリニックを立ち上げる時期と重なっていました。その後、私が引き継いでバタバタと何とか開業にこぎつけましたが、精神的なダメージも大きく、非常に忙しい日々でした。
現実や寂しさと向き合うのがしんどくて、喪失感を感じたくないがために一生懸命仕事に打ち込みました。ちょうどテレビ出演や出版のお話などが重なり、「やることがないと寂しくて仕方ないから」と、睡眠時間だけは確保しつつ全力で仕事に向き合いました。
しかし、その結果、重いうつ病になってしまったのです。「ただそこに存在しているだけでしんどい、気持ち悪い」という状態でした。
脳がバグを起こしているような感覚で、治る過程もいつになるか分からず、本当に苦しい時期でした。闘病しながら2つのクリニックをなんとか運営し、少しずつ回復して今に至ります。現在はおかげさまで、メディアや出版などでも活動でき、とても元気に過ごしています。
喪失感を癒すためのアプローチ「脇に置き、淡々と過ごす」
これらの喪失とうつ病の経験を経て、強く実感したことがあります。それは、「人間の脳はどんな出来事でも、ちゃんと処理できるようになっている」ということです。
今後も生きていれば、残念ながら様々な喪失を経験するでしょう。その際、最も大切なのは「慌てて処理しようとしないこと」です。
喪失感は答えのないものです。私は脅迫的なところがあり、目につくものはすぐに対処したくなる性格なのですが、無理に目の前から消そうとせず、「とりあえず脇に置いておく」ことが重要だと気づきました。そして、今日1日やらなければならない目の前のタスクを、ただ淡々とこなしていくのです。



