「世界史ってこんなに面白かったのか!」意外すぎる勉強法ベスト1とは?
代々木ゼミナールの世界史講師・伊藤敏先生は、黒板に正確な地図を描く授業で知られる。地図は、地形や都市の位置から歴史を理解するための道具だ。つまり地図を描くことは、歴史をつかむことと変わらない。その原点は、大学院での研究と、中高時代の考古学部で土器をスケッチした経験にあった。

「世界史ってこんなに面白かったのか!」意外すぎる勉強法ベスト1とは?Photo: Adobe Stock

「世界史ってこんなに面白かったのか!」勉強法ベスト1とは?

 世界史の授業で、黒板に驚くほど正確な地図をフリーハンドで描いていく。代々木ゼミナール講師・伊藤敏先生の授業を受けたことがある人なら、その光景を一度は目にしたことがあるはずだ。ただ地名を覚えるのではなく、地形を見て、都市の位置を見て、そこから歴史の動きを理解する。伊藤先生にとって地図は、受験世界史を「暗記」から「理解」に変えるための最大の道具でもある。

筑波大学で感じた限界とは?

 では、なぜ伊藤先生はそこまで地図にこだわるようになったのか。その原点をたどると、大学院での研究生活、そして中学・高校時代の意外な部活動に行き着く。

 伊藤先生が世界史講師になったのは、「言ってみれば、消去法だった」という。

「もともとは歴史の研究者、歴史学の研究者を目指して大学院まで行ったんですけれども、大学院の博士後期課程の最後の年に、もう自分の中で限界を感じて。それで、思い切って就職しようと」

 筑波大学を卒業し、同大学院で修士号を取得。博士後期課程まで進んだ伊藤先生は、もともとアカデミアの世界で生きていくことを考えていた。しかし、大学の世界ではポストが空かなければ仕事にありつけない。加えて、大学院時代には奨学金も借りていた。

「いつまでも奨学金を借りっぱなしで返せないような状況になるのもあれだな、というのもあったので。それも出る決意をした理由の一つですね」

 そこで、せっかく学部時代から八年、九年と歴史に向き合ってきたのだから、それを活かせる仕事はないかと考えた。最初に始めたのが、都内の高校での非常勤講師だった。その後、塾講師も兼ねながら教壇に立ち、三年目に代々木ゼミナールに採用され、本格的に予備校講師として活動するようになった。

大学では何を研究していた?

 伊藤先生の専門は、中世の西洋史、中近世西洋史である。修士論文のテーマは「十四世紀のスイスの都市部における軍事制度と社会制度の関係性」。その研究は、現在の著作にもつながっている。世界史にはさまざまなテーマがある。その中で、なぜスイス、そして中世西洋史だったのか。

「もともと中世の西洋史に、高校生の頃からすごく関心が高かったというのと、あとは軍事制度と社会制度がここまで密接に関わっている地域って、ヨーロッパ以外ではなかなか見られないといいますか。僕の中では、すごく魅力を感じたところですね」

 たとえばスイスといえば、直接民主制が有名である。直接民主制と聞くと、現代的で先進的な制度のように思える。しかし、それを古代からの部族制の伝統に由来するものとして見てみると、「意外とこういうのって古いんだな」という気づきがある。さらに、そこに軍事制度がどう関わっているのかを見ていくと、歴史はより立体的に見えてくる。

「そこに軍事制度というのがどう関わっているんだと見ていくと、すごく面白かったんですね」

 そうした研究経験は、いまの授業スタイルにも直結している。伊藤先生は、高校非常勤講師として教え始めた一年目から、現在と同じように黒板に地図を描きながら教えていたという。

なぜ地図なのか?

「やっぱり視覚的に捉えるって、結構大事だなと思っていて。言語化できない部分も、地図だとか図でちゃんと表すことで、体感として授業を受けている生徒さんたちにしっかりと理解してほしいなという思いがあったので、その頃からすごく多用していましたね」

 黒板に、ものすごい速さで、しかもフリーハンドで地図を描いていく。その技術はいつ身についたのかと尋ねると、伊藤先生は「正直よく覚えていない」と笑う。

「ただ、もう高校生の頃には描けるようになっていましたね。当時はもちろん紙ですけど。昔から絵を描くのが結構好きだったので、その延長で、ああいうふうに地図なども描くようになったという感じですね」

 その原点にあるのが、中学・高校時代の部活動だった。伊藤先生の通っていた中高一貫校には、考古学部という珍しい部活があった。

「部活なんですよ。それで、その考古学部の合宿や見学で、博物館とか資料館に行くんですよね。そこで土器だとか、出土品のスケッチなんかもすごくしていたんですけど、そうしていくうちに、自分の中で描くことの楽しさというんですかね、そういうものに目覚めて」

 最初に描いていたのは、土器や出土品だった。博物館や資料館で実物を見て、それを手元の紙に写し取る。すると、ただ見ているだけでは気づかなかった細部に気づくようになる。

地図を描くのは、自分の学びのため

「土器とかを当時描いていた時は、見るだけだと意外と気づかないところも、実際に手元に写そうとすると、気づいていなかったところに気づけるんですよね」

 この感覚が、やがて地図を描くことにもつながっていった。地図上で「ここに国があります」「ここに都市があります」と確認するだけなら、そこで終わってしまう。しかし、自分の手で地図を描いてみると、地形の意味が見えてくる。なぜそこに都市ができたのか。軍隊はどこから攻めやすいのか。なぜ領土はその方向へ広がっていったのか。そうしたことが、頭ではなく身体感覚としてわかってくる。

「実際に自分で描くと、『あ、ここは地形がこうなっているから都市ができやすいし、軍だったらこう攻めやすいな』とか、『領土はこう広げていかざるを得ないな』というのが、すごく体感できたんですよね」

 伊藤先生にとって地図を描くことは、単なる板書の技術ではない。受講生にわかりやすく伝えるための道具であると同時に、もともとは自分自身の学びを深めるための方法だった。

「それが多分、僕の今の教えるスタイルの原体験みたいなところかもしれないですね」

 地図を描くことで、見えていなかったものが見えるようになる。歴史上の出来事が、ただの暗記事項ではなく、人間の動きや社会の成り立ちとして立ち上がってくる。

 地図の鬼の原点は、暗記のためのテクニックではなかった。土器をスケッチする楽しさから始まり、地形を自分の手でなぞることで歴史を理解する。その積み重ねが、いまの「世界史を理解する」授業につながっている。

(本稿は『地図で学ぶ「深読み」世界史』著者へのインタビュー記事です)