ひろゆき氏ひろゆき氏 写真提供:徳間書店

努力しているのに報われる人と、そうでない人。その差は才能なのか、それとも運なのか。実業家のひろゆき氏は、「成功する人ほど、運任せではなく確率を味方につけている」と語る。なぜ一部の人だけが「運がいい」「先見の明がある」と評価されるのか。その裏にある考え方とは。※本稿は、実業家のひろゆき(西村博之)『人生の正体 生きること、死ぬこと』(徳間書店)の一部を抜粋・編集したものです。

幸運は確率を追う人の
もとに舞い降りる

 競馬、競輪、競艇、オートレース、パチンコ、宝くじ、スポーツくじ──。日本で合法的に認められているギャンブルはざっとそんなところだ。

 他国に比べて種類は少ないが、参加者の人口割合は非常に高い。一般成人の8割近くがギャンブルを経験したことがあるという(令和5年度「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」/久里浜医療センター)。日本人はギャンブル好きなのである。

 基本的に僕はギャンブルをやらない。どれも胴元(主催者)が確実に儲かる仕組みになっているからだ。やるとしたら、期待値がプラスになる局面だけだ。

 そもそも僕は「当てること」そのものより、「当たるまでの筋道」をアタマの中で組み立てることのほうに興味がある。

「こういう流れなら次はこうなるだろう」という予想が的中したときの喜びは、マーダーミステリーゲームで犯人を特定できたときの達成感に似ている。

 映画を観てたんに「おもしろい」で終わる人と、「なんでこんなカメラアングルで撮ったのだろう?」「なんでこんなキャラクターを登場させたのだろう?」と作品の仕組みを知りたがる人とに分かれる。

 僕は完全に後者である。仕組みを考察・分析して、「なるほど、そういうことか」と納得を得たい派なのだ。