欲しかったものを手に入れたのに、しばらくすると興味が薄れてしまう。そしてまた新しいものを求めてしまう――そんな経験を繰り返している人は多いだろう。この現象には、人間の欲望の構造そのものが関係している。

「新しいもの」への欲望は、見かけに騙されているだけかもしれない
新しい商品や流行のものに惹かれ、思い切って手に入れたものの、
時間が経つと、その魅力をあまり感じなくなってしまう。
こうした経験は、誰にでも一度はあるのではないだろうか。
ショーペンハウアーは、この新しいものへの欲望について、
変化しない本質よりも、華やかな見かけに騙されてしまう人間の性質を示すものだと指摘している。
新しさという表面的な刺激に反応してしまう一方で、
その対象が本質的に何をもたらすのかについては、案外見えていないことが多いという。
満たされた瞬間に、関心は薄れていく
――すべてのものをそれらしく見せることが目的なのだ。
変化する条件に依存する幸福は長続きしない
欲望を満たすことは難しいが、いざ満たされると、その対象に対して無関心になったり、どうでもよくなったりすることが多い。満足感を覚える時間は、それほど長くないのだ。
人間の動機は、完全な満足を求めるが、欲望が解消されるやいなや、動機はすぐに別のかたちで現れ、新しい欲望をつくり出す。
欠乏が苦痛を伴うため、欲望の充足を求めるが、いざ満たされるとそれが当たり前になってしまい、新しいものへの欲望が生まれる。
このことは、富んだ者でも貧しい者でも、成功した者でも失敗した者でも変わらない。自分が持っているものの価値を忘れてしまうのだ。
欲望を満たすこと自体は簡単ではない。
しかし、いったん満たされると、その対象への関心は急速に薄れていき、
満足感を覚えていられる時間は、思っているよりもずっと短いという。
人間の動機は、完全な満足を求めて欲望を解消しようとするが、
その欲望が解消された瞬間、動機は別の形となって現れ、新しい欲望をつくり出していく。
これは、欠乏という状態が苦痛を伴うために、その充足を求める一方で、
いざ満たされてしまうと、それが「当たり前のこと」として認識されてしまうからだという。
当たり前になったものに対して、人は強い満足感を抱き続けることができず、
気づかないうちに、また新しいものへの欲望を生み出していく。
富んでいても、貧しくても、同じ構造から逃れられない
この欲望の構造は、特定の立場の人だけに当てはまるものではない。
富んだ者でも貧しい者でも、成功した者でも失敗した者でも、
この仕組みから逃れることはできないとされている。
誰もが、自分が今持っているものの価値を、
時間の経過とともに忘れてしまう性質を持っているということだ。
新しいものを手に入れることで、一時的な満足感を得ることはできる。
しかし、その満足感がいつまでも続くと期待してしまうと、
すぐにまた次の欲望に追われる人生になってしまいかねない。
今すでに持っているものの価値に、改めて目を向けてみることが、
この欲望のループから少し距離を置くための、一つのきっかけになるのかもしれない。
今日から試すなら、新しいものを欲しくなったとき、すでに持っているものの価値を一度思い出してみることだけでいい。
(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)









