中田さんの活躍で、「日本人選手の最高到達点」は一気に塗り替えられ、Jリーグで共にプレーした選手たちや、日本代表のチームメイトたちが「自分もできるかもしれない」と、自信を持ったのは間違いないでしょう。
ヨーロッパとの距離を縮めた「航海者たち」の衝撃
2000年代は、日本人選手がヨーロッパでプレーすることが徐々に定着していった時期でした。2002年の日韓ワールドカップ以降、中村俊輔さんがレッジーナ(イタリア)に移籍したのを皮切りに、複数の日本人選手がヨーロッパからのオファーを受けました。稲本潤一さんがアーセン・ベンゲル監督率いるアーセナルに移籍したのは、僕にとっても衝撃的でした。
中田さんのような例外はありましたが、ヨーロッパの壁は分厚く、中村俊輔さんが、レッジーナからスコットランドのセルティックに活躍の場を求めたように、5大リーグのクラブで定位置を確保するのはまだまだ難しい時代でした。
転機となったのは2010年代です。2011年に長友佑都選手が、セリエAのチェゼーナでの奮闘ぶりが認められてインテルに移籍を果たします。その前年に、セリエA、コッパ・イタリア、UEFAチャンピオンズリーグの3冠を達成したばかりだった、現在進行形の最強クラブに日本人が移籍したことは、世界のサッカー界にとっても衝撃的な出来事でした。
2012年には、テレビ放映権料で潤うイングランド・プレミアリーグにも日本人旋風が起きます。セレッソ大阪からボルシア・ドルトムントへと移籍し、ブンデスリーガ連覇に貢献していた香川真司選手が、マンチェスター・ユナイテッドへと活躍の場を移したのです。長い伝統を持ち、資金が集中するプレミアリーグの名門に日本人選手が加わったことは、サッカー界の歴史の転換点でした。
岡崎慎司さんがプレミアリーグ史上でも、“レスターの奇跡”として語り継がれるレスター・シティの劇的な優勝に貢献したこともエポックメイキングな出来事でした。岡崎さんの活躍は、長く日本のウィークポイントとされてきたフォワードのポジションでもやれるという実績の積み重ねにもなりました。







