サッカー・ワールドカップ解説で話題の元日本代表の本田圭佑(6月25日、スウェーデン戦が行われたテキサス州アーリントン、ダラス・スタジアムで) Photo:Sebastian Frej/gettyimages
サッカーW杯で決勝トーナメント進出を決めた日本代表。かつてはW杯出場など夢のまた夢、という時代もあった――。元Jリーガーで、スポーツジャーナリスト、コーチとして活躍する中西哲生氏は、そんな日本サッカー界の成長の軌跡を見つめ続けてきた。W杯のテレビ解説で人気の本田圭佑ら、世界への扉を開いた「先駆者」たちの偉業を、中西氏の新刊『日本サッカーはどこまで強くなるか』(青春出版社刊)から紹介する。
カズさんがこじ開けた「世界への扉」という名の希望
僕がプロ入りする以前、1980年代のワールドカップは日本が「出るもの」ではなく、テレビで世界のすごさを「見るもの」でした。僕が最初に意識したワールドカップは、1982年に行われたスペイン大会でしたが、この大会の得点王で、優勝したイタリアのエースストライカーだったパオロ・ロッシや、“天才”ディエゴ・マラドーナ、ジーコ、ファルカン、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾ、ブラジルが誇る“黄金の中盤”らのスター選手たちのプレーに釘付けになっていたことを覚えています。
すでにサッカーはプレーしていましたが、当時の「見るワールドカップ」は、自分がやっているサッカーとはかけ離れた「異次元の世界の物語」でした。







