AIを導入したのに、思うように成果が出ない――そんな手応えのなさを感じてはいないだろうか。実はその行き詰まりの構造を、経営思想家ピーター・ドラッカーは70年前の名著『現代の経営』のなかですでに見抜いていた。本書を手がかりに、AIで成果が出ない本当の原因はどこにあるのかを問い直してみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

便利なのに成果が出ない
チャット画面に質問を打ち込めば、それらしい答えがすぐ返ってくる。たしかに便利だ。だが一カ月たっても、自分の仕事の中身は何ひとつ変わっていない。
会社が鳴り物入りで生成AIを導入し、全員にアカウントが配られた。それでも、肝心の業績の数字はぴくりとも動かない。
ある調査によると、生成AIに取り組む企業のうち、本格的な活用にまでたどり着けたのは1割ほどにすぎないという。残りの多くは「とりあえず入れてみた」まま立ち止まっている。
こうなると、人はつい「使い方が下手なのだろう」と考えてしまう。だが、本当にそうだろうか。問題は腕前ではなく、そもそも出発点が逆だからかもしれない。
冷蔵庫を凍らせず売る話
本書には、冷蔵庫をめぐる印象的な例が出てくる。同じ冷蔵庫でも、売り方しだいで意味がまるで変わるという話だ。
ふつう冷蔵庫は「食べ物を冷たく保つため」に売られる。ところが北極圏のような極寒の地では、室内でも食材が凍ってしまう。そこで「食べ物を凍らせないため」に冷蔵庫を売れば、これまで誰も気づかなかった新しい価値が生まれる。
技術的には、どちらもまったく同じ製品である。それでも後者は、新たな用途と市場を創り出した。価値が変われば革新になるのだ。
本書は、この違いをこう言い表している。
食物を冷たくしておくためのものとして冷蔵庫を売ることは、市場を開拓したことになる。しかし、食品が冷えすぎないようにするためのものとして冷蔵庫を売ることは、製品を創造したことになる。
――『現代の経営』より
生成AIの出発点を、顧客価値に戻す
ここに、AIで成果が出ない理由のヒントがある。うまくいかない取り組みの多くは、「AIで何かできないか」という問いから始まっているのではないだろうか。
だが本書は、出発点を真逆に置く。企業の目的は利益でも技術でもなく、顧客の創造にある、というのだ。まず顧客にとっての価値を定め、それを実現する手段として技術を選ぶ。
顧客が価値と考えるものこそが、事業の成否を決める。本書にはそう書かれている。順番を取り違えた瞬間に、技術はただのコストに変わってしまう。
試しに導入したものの先に進まない取り組みの多くは、「ちゃんと動くか」を確かめただけで終わり、誰のどの業務にどんな価値を生むかが定まっていない。必要なのは、技術ではなく価値から始める姿勢だろう。
目的にした瞬間、終わる
ドラッカーは、もっと大きな射程でこの逆転を見ていた。本書には、当時のアメリカで最大の成果を上げた革新は、最先端の技術ではなかった、と記されている。
最近数年においてアメリカで最も大きな成果をあげたイノベーションは、エレクトロニクスや化学分野における新製品や新工程ではない。物流におけるイノベーションであり、人材開発におけるイノベーションである。
――『現代の経営』より
「半世紀以上前の話ではないか」と思うかもしれない。だが当時のエレクトロニクスや化学こそ、人々が未来を夢見た花形の最先端技術だった。今のAIと、まったく同じ立ち位置である。
その花形の時代にあってなお、成果を生んだのは技術そのものではなく、それを価値に変える仕組みと人だった。だとすれば、AIを「今度こそ技術が主役だ」と考えてしまう私たちの感覚こそ、本書が指さしていた落とし穴なのかもしれない。
目的にした瞬間、革新は終わる。技術を出発点に据えると、原因(顧客価値)と結果(技術の成果)が入れ替わってしまうからだ。
AIは万能薬ではない。成果は、顧客にとっての価値は何かを一つずつ問い直す、地道な選択の積み重ねの先にしか生まれないのではないだろうか。
![ドラッカー 現代の経営[上]](https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/250/img_ed62ba67f90f81923af8fba9b6a0e7bb245294.jpg)







