怒鳴らない。無理をさせない。優しく感謝の声がけをする。そんな「優しい上司」なのに、その下で働く人が辞めていく――。「心理的安全性」が重視されるようになった近年、人事の現場でそんな話をよく聞くようになりました。一体、何が起きているのか? なぜ、部下たちはその職場を見限るのか? 上司はどうすればよいのか?『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』(ダイヤモンド社)の著者で、カウンセリングやコーチングを通じて、1万人のリーダーを支援してきた櫻本真理さんにご執筆いただきました。

メンバーの可能性を奪う「一見優しい上司」と、メンバーが育つ「本当に優しい上司」の決定的な違いとは?Photo: Adobe Stock 写真はイメージです

「皆いい人なんですが……」と職場を去る若者たち

 怒鳴らない。無理をさせない。優しく感謝の声がけをする。そんな「優しい上司」なのに、その下の人が辞めていく――。人事の現場でよく聞く逆説です。

 ある中堅メーカーで、こんなケースがありました。

 対話やパワハラへの意識を徹底し、管理職が配慮をするようになった部署。ハラスメント相談はゼロになったのに、その翌年、20代の離職率だけが跳ね上がったのです。退職者の声を集めると、共通していたのは「チームは皆いい人だけど、ここにいて成長できる気がしなかった」ということでした。

心理的リソースを「守る優しさ」と「増やす優しさ」

 チームの成果を生み出すために必要な「心理的リソース(思考や行動をするために必要な心のエネルギー)」の観点で見ると、これは不思議なことではありません。

 ハラスメントや攻撃的な態度を見直して、チームの心理的リソースの「無駄遣いを減らす」ことも大切ですが、それだけでなく心理的リソースを「増やす」ための行動をとらなければ、満たされることはないからです。

 冒頭でお伝えしたような「優しい」上司は、メンバーの「心理的リソースの無駄遣い」を減らすことには長けています。

 しかし、問題は「増やす」側です。挑戦の機会、率直なフィードバック、成長の実感、「あなたの仕事には意味がある」という承認――これらはすべて心理的リソースの重要な源ですが、「優しさ」を履き違えてしまうと、これらが不足してしまうのです。

「遠慮」は、「無関心」と見分けがつかない

 近年、多くの上司は次のように考えています。

 「忙しそうだから声をかけるのはやめよう」「負担になるから難しい仕事は任せないでおこう」「傷つけたくないからフィードバックはポジティブなものだけ」。

 これらは、上司にとっては思いやりなのですが、受け取る側である部下たちにとっては、「期待されていない」「自分の働きを見てくれていない」「ここにいても成長できない」という体験にほかならないのです。

 つまり、「遠慮」は「無関心」と区別がつかないのです。

 野心的で優秀なメンバーほどこの「不足」に敏感になります。このようなメンバーは、不満を言う前に、黙って次の場所を探し始めます。退職面談で「不満はなかったんですけど……」と語られる離職の中には、このようなケースが存在しているのです。

優しさを「回復させる力」に変える

 もちろん、厳しくすればいいという話ではありません。

 必要なのは、配慮の一部を「相手を守る」ことから「相手を育てる」「希望を生み出す」ことへ振り向けることです。たとえば、以下のような行動です。