『エンゼルバンク』で学ぶ転職のウソとホント (c)三田紀房/コルク『エンゼルバンク』 (c)三田紀房/コルク

三田紀房作の転職マンガ『エンゼルバンク』を題材に、「転職デビル」の名で知られる転職アドバイザー・安斎響市氏が「転職のリアル」を解説する連載「『エンゼルバンク』で学ぶ転職のウソとホント」。第1回では「転職市場の相場と市場価値の現実」について解説する。

無謀な転職

 32歳・高校教師の井野真々子は、「なんとなく別のこともやってみようかなって」「飽きちゃったのね教師に…」といった理由で転職を考え始めていました。そんなときに再会した元同僚・桜木建二は、彼女に冷たく言い放ちます。

「やめとけ。今のまま教師続けろ。以上」

「これで転職したら不幸のどん底に叩き落とされるぞ」

 これは非常に辛辣な言い方ですが、井野のような人材が転職活動で苦戦するのは、否定できない事実です。

 まず、年齢。

 一般的に、企業が積極的に採用したいのは20代の比較的若い層だと言われています。もう少し正確に言えば、「スキルと経験のある即戦力人材であれば30代以降でも採用するが、未経験でポテンシャル採用するのは20代まで」ということです。

 物語に出てくる井野は32歳。転職市場において、あまり好まれる年齢層ではありません。

 加えて、「教員」「公務員」などの経験は一般企業への転職時にはあまり評価されないため、転職先として選べる仕事はかなり限定されます。

 さらに、転職市場では性別によって経験やキャリアの評価のされ方に違いが生じる場合があります。法的には男女を区別した採用は固く禁止されています。しかし、残念ながら業界や企業によっては、女性が転職活動で苦労を感じるケースもあるようです。

 現時点で持っている経歴やスペック次第、自分の属性次第で、転職活動の成果の大部分は決まります。面接を受ける前から、勝負の大半はついているのです。

『エンゼルバンク』の連載開始は2007年。20年弱で日本の転職市場も大きく変わりましたが、個人の経歴や年齢などによって転職活動の成否が左右される点は変わりません。

 自らの市場価値を無視して「なんとなく」の5文字で無謀な転職をしようとしても、ロクな結果にはならないということです。

相場をいかに読み、乗りこなすか

 物語が進み、井野は桜木のやや強引な勧めでビジネスセミナーに参加します。そこに特別講師として現れた転職代理人・海老沢康生は、「すべての物事は相場で決まる」と話し始めます。

「30代半ばになって転職しようとしても相場での価値はゼロ」

「転職するなら大学を出てから10年以内」

「転職回数が1回、2回、3回……と増えれば増えるほど生涯賃金は下がっていく」

 という、衝撃のセリフが次々に並べられていくのでした。

「転職をすればするほど年収が下がっていく」は、統計的には一理あると言えます。

 労働政策研究・研修機構の「ユースフル労働統計2024」では、転職を含む一般的なフルタイムの正社員キャリアを続けるよりも、同一企業で新卒入社から60歳まで勤続した方が生涯年収が約2800万円高いと指摘されています(※)。

 ただし、これはあくまで全体的な傾向に過ぎず、個々のケースで言えば「転職を繰り返すと生涯年収が下がる」とは必ずしも言い切れません。

 私自身の例を挙げると、もともと十数年前に新卒入社したのは日系の老舗メーカーで、20代の頃の年収は500万円程度でした。

 仮に、一度も転職をせずにその会社でずっと働いていたら、おそらく35歳の係長クラスで年収750万円程度、45歳で課長に昇進したとして年収1100万円程度だったでしょう。製造業の給与水準だと、大体その程度が「相場」です。

 しかし、実際には私は複数回の転職を経て年収を大きく上げたため、もともとの相場の何倍もの金額を稼いでいます。

 20代の頃はごく普通に働く会社員でしたが、様々な葛藤の末になぜか4回も転職を繰り返し、転職するたびに年収が2倍、3倍と増えていった経緯があります。

 その転職経験を元に執筆活動を始めたことや、独立してマーケティング関連の会社を作ったことにより、ますます私は、本来の相場から離れていきました。

 もし、一度も転職をせずに同じ会社でずっと働いていたら、私の生涯年収は現状と比較にならないくらい下がっていたことでしょう。

「すべての物事は相場で決まる」は事実です。

 ただし、その相場をいかに読み、どう乗りこなすか次第で、自分自身の長期的な市場価値は上にも下にも大きく変動します。

 相場が悪い所に身を置けば、自分の相場もその程度にしかなりません。

 本当に大事なのは、現時点での市場価値を正しく認識したうえで、自分という人材を、どのタイミングで誰に売りこむべきなのか? という市場分析なのではないでしょうか。

(※)JILPTによるモデル試算。平均的な転職を含む正社員キャリアと、同一企業継続勤務モデルの比較であり、実際の転職者・非転職者の実績比較ではない。

『エンゼルバンク』(c)三田紀房/コルク『エンゼルバンク』(c)三田紀房/コルク
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