うまくいかないことが続くと、ふと「昔に戻りたい」という気持ちが湧いてくる。しかしその感覚には、ある見落としが隠れている。

「昔はよかった」という感覚の正体
楽しく過ごしているとき、人はその状態に対して特別な意識を向けない。
日常の中に喜びがあっても、それを「幸せだ」と実感しながら生きている人は、思いのほか少ない。
しかし何か問題が起きたとき、あるいは気分が落ち込んだとき、
初めて「あの頃はよかった」「昔に戻りたい」という気持ちが生まれてくる。
これは過去が本当に輝かしかったのではなく、
今の状況が苦しいからこそ、過去が美しく見えているだけかもしれない。
問題がなかったときには何も感じていなかったのに、
問題が生じたことで初めて、あの頃の「普通」が幸福として記憶されていく。
現在の幸福は、失われるまで気づかれにくい
楽しく暮らしているときは何も考えないが、何か問題が起きて初めて、「昔に戻りたい」と願うようになる。
明るく楽しいことはいくらでもあるのに、心から楽しめず、つまらなそうな顔をしている。憂鬱に襲われると、過去の幸せな日を恋しがりながら、ため息をつくのだ。
著者が指摘するのは、今この瞬間にも明るく楽しいことはいくらでもあるのに、
それを心から楽しめず、つまらなそうな顔をしているという状態だ。
憂鬱に襲われると、過去の幸せな日々を恋しがりながらため息をつく――
しかしその「幸せだった過去」も、当時はきっと同じように、
特別なものとして意識されてはいなかったはずだ。
つまり、今この瞬間も、数年後に「あの頃はよかった」と振り返られる可能性のある時間の中にいるということになる。
それに気づかないまま過去を懐かしみ続けることは、
今を不幸として体験することを自ら選んでいることでもある。
過去と比べることをやめると、今が変わる
昔を振り返って今を不幸だと思うのをやめよう――
この言葉は、単純に聞こえるが、実践するには一定の意識の切り替えが必要だ。
過去と比べるという習慣は、気づかないうちに根づいていることが多い。
今この瞬間に目を向けてみると、
当たり前として受け取っていることの中に、
失って初めて気づくような価値が、実はいくつも存在していることに気づく。
健康であること、誰かと話せること、食事ができること――
こうしたことへの意識を少しだけ向け直すことが、
過去への比較から今への関心へと、視点を移す小さな一歩になる。
今日から試すなら、「昔はよかった」と思ったとき、今この瞬間にあるものを一つだけ探してみることだけでいい。
(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)



