せっかく働くのならば、楽しく仕事がしたい。いきいきと働くためのヒントを、サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏の思考から辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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「自分らしく働きたい」は贅沢な悩みなのか
「この仕事って自分がやる意味あるのかな?」
そう思ったことがある人は、多いのではないだろうか。
別につらくはないし、会社自体に不満があるわけではない。毎日やるべき仕事も責任もある。これをやれば評価される、という見通しもある。
でも、ふと思う。
この働き方は、本当に自分らしいのだろうか。
そんなことを考えるのはわがままだろうか。
「楽しそうに仕事をしている人」の秘密
なぜかいつも楽しそうに仕事をしている人にしばしば出会う。もちろん、その人にも大変なことはあるはずだ。面倒な調整や理不尽なことだって、きっとある。
それなのに、なぜいつも楽しそうなのか。
性格の違いなのだろうか。体力の違い?
それとも、たまたま好きな仕事に就けて環境にも恵まれた「ラッキーな人」なのだろうか。
唯一無二の作品で世界に評価されている長久允さんは、著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』(ダイヤモンド社)の中で、世界一に輝いた作品の起点をこう語っている。
この事件はYahoo! ニュースで取り上げられ、「エモい」という言葉はまだない時代ですが、その状況や供述の「エモさ」からTwitterで拡散されていました。
私もその青春の刹那的情景に強く心惹かれたひとりではありましたが、一方、あまりに消費的拡散をされるSNSにどこか違和感を持ってもいました。(中略)
拡散されるヤフトピの1行には「本当のこと」はないのではないか。彼女たちにはもっといろいろな事情があったかもしれない。いろいろなことを考えていたかもしれない。感じていたかもしれない。でもそれは「言葉」に変換不能なフィールドの事象なのではないか。
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p32-33より
ニュースについてぐるぐると考えている。
もしかすると、楽しそうに働いている人は、世の中の事象に「自分の視点」を入れるのがうまいのではないか。
与えられた仕事をただ処理するのではなく、上司の正解を探し当てるのでもなく、空気を読むのでもなく。むしろ逆なのだと思う。
相手の顔色をうかがう前に、空気を読む前に、まず自分の見方を持つ。
そうやって、世界を、仕事を、目の前の出来事を、自分事として受け取っているのだ。
同じ仕事でもその人がやると違う
これはきっと、どんな職業でも当てはまる話だ。
長久さんはこうも言っている。
「それっぽさ」にはなんの意味もないのだ。
外側をどんなに綺麗にコーティングしても、
中身が空っぽだったら、それは見る人にはバレてしまうんだ。
逆に言えば、どんなにはちゃめちゃでも、
真ん中にあなたが全力で伝えたいエモーションがあるならば、それでいいのだ。
それこそが良いのだ。
きっとちゃんと評価されるのだ。
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p39より
仕事は、基本的には人格に結びついてはいない。需要があって供給がある。自分が休んでも仕事は進む。担当が変わっても続く。
そう考えると、「それっぽさ」に逃げたくなることもある。でも、こう思うことがある。
同じ仕事なのに、「その人がやるとなぜか違う」こともあるよな……。
同じ資料なのに、その人が作ると視点が鋭い。
同じ会議なのに、その人がいると話が前に進む。
同じ商品なのに、その人が言葉にすると魅力が伝わる。
同じ企画なのに、その人が関わると熱が入る。
それは、単なる能力差以上に、その人の「視点」が入っているからかもしれない。
自分の感度を取り戻せ
「正解は何か」より先に、「自分は何を感じたのか」を確かめること。
長久さんはこう言う。
どこまでいっても、私にとって、最も大事なのは、「意味」であり、その「意味」がすべて書かれた経典となるのが「脚本」なのです
――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p145より
仕事がつまらなくなるとき、私たちはたいてい、仕事の外側ばかりを見ている。
上司はどう思うか、クライアントは何を求めているか、同僚と差別化できる意見は? 評価されるのは、失敗しないのはどっち?
自分らしく働くとは、好き勝手に働くことではない。やりたい仕事だけを選ぶことでもない。
そうではなく、まず自分の感度を取り戻すことだ。
楽しそうに仕事をしている人は、仕事がラクな人ではない。
ずっと好きなことだけをしている人でもない。
その人たちは、目の前の仕事を自分事として受け取り、自分の感度で問い直している。
会社から与えられた仕事であっても、そこに自分の感度を持ち込んだ瞬間、仕事は少しだけ自分のものになる。今ある仕事の中に、自分の感度を一ミリだけ混ぜることもできる。
世界をちゃんと見る。
目の前の仕事の意味を、自分事としてとらえる。
その積み重ねが、いつか周囲から見たときに、「楽しそうに仕事をしている」と映るのかもしれない。







