「日本経済のリスクから個人を守る金融インフラを作りたい」という想いから、2022年にブルーモ証券を立ち上げた中村仁氏は、今こそ「AIバブル後」を見据えた「真の分散投資」が必要だと主張します。その危機感は、どのような経緯や状況から生まれているのでしょうか?
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日本経済は持続可能なのか
日本経済は果たして持続可能なのか――。筆者がこの問いを意識するようになったきっかけは、小学校入学前の1991年に起きた日本経済のバブル崩壊だ。その当時リアルタイムで何が起きたかは覚えていない。よく覚えているのは、住宅ローンで買った実家の資産価値が半額以下になり、借金だけ残ってしまったと後悔を口にする母の横顔や、家業が不況の中で傾いてしまい、大学の入学金も払えそうにないと東大合格後に言われたときの絶望である。
自身の境遇の惨めさに伴う痛みとともに、「日本経済に何かおかしなことが起きている、大丈夫なのか?」という疑問を強く感じた。
そして、筆者が東大に入学した直後の2008年、世界経済を震撼させるリーマンショックが発生した。日本におけるバブル崩壊を彷彿とさせる金融危機の中で、経済システムのあり方に対する違和感がさらに募っていった。
複雑な金融工学によって築かれた米国の住宅ローン市場が崩壊し、世界中に波及する様を目の当たりにしながら、金融の力とは社会を大きく動かすものだと実感した。その一方で、その危機の引き金を引いたウォール街のエリートたちが公的資金で救済される陰で、一般の人々が職や家を失っていく不公平な現実にも直面した。「経済システムは本当に公平で持続可能な形になっているのか」という疑問がこの頃から筆者の中で大きくなっていったのである。
一連の出来事から経済に対する問題意識を深めた筆者は、経済学を専攻して大学院に進学した。修士論文では、各国の財政状況やニュースが国債金利に与える影響をマクロ経済モデルで分析し、国債のリスクプレミアムと財政ショックの関係性を論じた。また、大学院時代には外部の政策シンクタンクで国家の財政破綻リスク研究の助手を務め、より実務的な研究にも携わった。こうした学生時代の研究活動から、日本経済の持続可能性に対して強い危機感を抱いた筆者は、将来の日本を支える経済政策を立案すべく、卒業後は官僚として財務省に飛び込んだ。
筆者が財務省に入省した2012年は、奇しくもアベノミクス前夜だった。第二次安倍政権下では、発足当初からデフレ脱却を掲げた大胆な金融緩和政策が実行され、株価は上昇して日本経済は復活したかに見えた。しかし、足元の相場上昇はよかったが、安倍政権下でも「少子高齢化社会における持続可能な社会保障」という根本的なテーマに政治は正面から向き合っていないように見え、「このままでは日本経済の未来は危うい」という想いを強くしていった。
そうした問題意識を抱えつつ、筆者は2017年に米国スタンフォード大学経営大学院に留学する。異国の地で最先端の経営学とテクノロジーを学びつつ、同時にシリコンバレーに渦巻くイノベーションの空気を肌で感じた。留学中、スタンフォード出身者が起業したフィンテック企業が米国の個人投資のあり方を大きく変えつつある現場に遭遇した。こうしたイノベーションの最前線を見る中で、「草の根からでもよいので自分の力で日本経済の課題に挑戦したい」という想いが強くなり、財務省を離れて挑戦する道を選んだ。
スタンフォード大学経営大学院を卒業後、筆者は財務省を退官し、まずは留学費用の返済資金づくりも兼ねてビジネスの現場で経験を積むことにした。帰国後の2019年より戦略コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京オフィスにて、大手金融機関をクライアントとする新規事業戦略立案のプロジェクトなどに数多く参画した。
コンサルタントとして日本の金融業界に深く関わる中で、日本の資産運用ビジネスが米国に比べ著しく遅れている現実を改めて思い知らされた。留学先で目の当たりにしたフィンテック革命の勢いと比べれば、日本の金融現場はデジタル技術の活用において大きな後れを取っており、その隔たりに愕然とする思いであった。
また、少子高齢化で縮小傾向にある国内市場や、慢性的な低金利と円安にさらされるマクロ経済環境のもとで、日本の家計金融資産をこのまま放置すれば国全体の富が目減りしてしまうという強い危機感もあった。
財務省時代から抱いていた「日本経済の持続性を確保し、日本の未来を守らなければならない」という使命感と、目の前にある課題が合致し、ついに自ら行動を起こす決意を固めたのである。
2022年、筆者は志を同じくする仲間とともにブルーモ証券を創業した。テクノロジーを駆使して新たな金融機関を立ち上げ、日本の資産運用に革新をもたらすことが目的である。個別株の取引が可能な証券会社として新規参入するのは約6年ぶりという難事業であったが、だからこそ誰も手掛けていないこの挑戦に価値があると感じた。誰もが安心して資産形成に取り組める環境を提供することで、日本人一人ひとりが自分の未来を守り、日本経済全体の持続可能性を高められるようにする――ブルーモ証券の創業はその熱い想いが原動力となっている。
以上は、日本経済の持続可能性に危機感を抱いた一人の若者が、キャリアを通じてその解決策を模索し、最終的に金融の世界に飛び込み、テクノロジーの力で変革を起こそうと挑んできた物語である。
そんな筆者がなぜこのタイミングで「AIバブル後」を見据えた「真の分散投資」が必要だと主張するのか――その背景には、日本経済と世界経済で進んでいる大きな構造変化と、一見順調に見える日本の資産運用環境に対する強い危機意識がある。
インフレと低金利で日本の国富が消滅しようとしている
・日本の家計金融資産はおよそ半分が預貯金のまま
日本の家計金融資産は約2200兆円に達しているが、その約半分はいまだ現金・預金である。日本銀行の資金循環統計によれば、2024年末時点で家計金融資産に占める現預金比率は50.9%と過半を占め、1990年代以降、約30年にわたり大きな変化はない。2006年には約48%まで低下したものの、2019年には約55%に上昇し、結局ほぼ一貫して50%台で推移してきた。
政府は「貯蓄から投資へ」を掲げ、NISA拡充などを進めてきたが、家計全体のストックで見ればリスク資産への移行は十分進んでいない。背景には株式投資への不安や金融リテラシーの問題があるが、結果として日本の個人マネーの多くは低利回りの預貯金にとどまり続けている。
・相続でも動かない高齢世帯の金融資産
家計金融資産は高齢層に大きく偏在している。内閣府の2019年調査では、世帯主が60歳以上の世帯が金融資産の63.5%を保有している。総務省統計局の2024年調査でも、2人以上の世帯のうち世帯主60歳以上の貯蓄現在高は1706万円と年齢階級別で最も大きく、純貯蓄額も935万円のプラスである一方、若年層では負債超過が目立つ。
さらに問題なのは、相続によっても資産が若年層へ十分には移りにくいことだ。厚生労働省の人口動態統計によれば、2023年時点で75歳以上の死亡数は全死亡数の7割に達している。つまり相続の発生時期自体が高齢化しており、配偶者が相続する場合も同世代の高齢者、子が相続する場合もすでに中高年というケースが増えている。資産移転は「高齢期から若年期へ」ではなく、「高齢期から高齢期へ」となりやすく、いわゆる老々相続が起こりやすい構造なのである。
このため、本来なら消費や投資を活発化させる現役世代・若年世代に資金が回らず、資産は高齢世代の間で滞留しやすい。高齢の相続人は運用や管理にも慎重になりがちで、受け継いだ資産を預金のまま塩漬けにするケースも多い。結果として、巨額の金融資産が経済活性化に寄与せず、社会に循環しないまま眠っている。
・実質金利マイナスで「溶ける」預貯金
こうした状況でインフレが定着しつつあることは、日本の国富に深刻な影響を及ぼす。インフレ率が預金金利を上回る「実質金利マイナス」では、預金残高が減らなくても購買力は年々目減りする。
総務省の消費者物価指数では、全国・2025年11月の総合指数が前年同月比+2.9%、生鮮食品を除く総合指数が+3.0%であり、物価上昇は2%を超える水準で推移している。一方、大手銀行の普通預金金利は2026年2月から年0.3%に引き上げられたにすぎない。単純計算すると、普通預金の実質金利は年▲2.6~▲2.8%程度となり、預金に置いたままでは購買力が毎年2%台後半のペースで失われている。
仮に実質金利▲2.5%が続けば、1000万円の預金は20年後に購買力ベースで約602万円となり、約40%の実質価値を失う。家計の現預金は1100兆円を超えるため、同じことが日本全体で起これば損失は数百兆円規模に及ぶ。日本人が長年蓄えてきた国富は、何もしなければインフレによって静かに溶けていく。特に高齢世代に偏在する巨額の預貯金は、次世代に受け渡される前に大きく目減りするリスクが高い。
つまり、インフレと低金利の組み合わせは、日本の家計金融資産に潜む構造問題を一気に表面化させている。預金偏重が続く限り、国民が積み上げてきた富は実質的に消滅しかねない。日本経済の持続可能性を守るためにも、個人が資産の守り方を見直すことが急務である。
★本記事は書籍『AIバブル後の投資戦略』の一部を抜粋・編集したものです。







