物価も人件費も上がり続けるなか、いまだに多くの企業が「全社一律で経費を10%削る」という手法に頼っている。「今期は全部門、一律10%の経費削減で」――その通達に、既視感のある人は少なくないだろう。だが経営学者ピーター・F・ドラッカーは、60年前に、その一律削減こそ強い事業を弱らせ、無駄な事業を温存させると見抜いていた。コストカットから賃上げ・価格転嫁への転換が問われるいま、どこを削り、どこに集中すべきかを見極める視点が手に入る。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

一律10%削減という罠
業績が伸び悩むと、どこの会社でも似たような号令がかかる。全部門、一律で経費を削れ、というものだ。
交際費も、出張費も、研修費も、広告費も、等しく削る。公平に見えるし、全員で痛みを分かち合っているようにも見える。
だが、この一見もっともらしいやり方こそ、最も効果の薄いコスト管理だと指摘した人物がいる。「マネジメントの父」と呼ばれる経営学者、ピーター・F・ドラッカーである。
その指摘は、1964年刊の『創造する経営者』に記されている。企業が成果をあげるために何をなすべきかを体系化した、ドラッカー自身が世界で最初の事業戦略書と位置づける一冊だ。本書には、こう書かれている。
コスト削減計画は、あらゆるコストの5%あるいは10%を引き下げようとしている。しかしそのような一律的なコスト削減計画では、うまくいっても効果は小さい。
――『創造する経営者』より
うまくいっても効果は小さい。ずいぶん手厳しい言い方だが、思い当たる読者も多いのではないだろうか。
ドラッカーはさらに、こうしたコスト削減キャンペーンは春の鼻風邪のように毎年繰り返され、半年もすればコストは元どおりになる、とまで述べている。削っても削っても元に戻る。その徒労感の正体を、ドラッカーは60年前に言い当てていた。
強い事業ほど弱る仕組み
では、なぜ一律削減は効かないのか。ドラッカーの説明は、拍子抜けするほど単純である。本書には、こう書かれている。
一般的にいって、業績をあげている事業はもともと資金が十分でない。そこへ一律のコスト削減が行われれば業績をあげられなくなる。しかも、逆に浪費にすぎないような事業は、必要なだけのコスト削減が行われないことになる。
――『創造する経営者』より
平たく言えば、こういうことだ。伸びている事業は、たいてい人も金もカツカツで回している。売れているからこそ、次から次へと資源を使い切ってしまうのだろう。
そこへ一律10%の削減が降ってくると、稼ぐ力そのものが削がれる。広告を止め、増員を止め、成長の芽を自ら摘むことになる。
一方、成果を生んでいない事業には、もともと過大な予算がついている。だから10%削られても、痛くもかゆくもない。ぬくぬくと生き延びる。
結果として起きるのは、強い事業が弱り、弱い事業が残るという逆転現象だ。公平に見えた一律削減は、実のところ最も不公平な資源配分になっている。
やめる勇気が余力を生む
では、どうすればいいのか。本書が示す原則は明快である。
コスト管理の最も効果的な方法は、業績をあげるものに資源を集中することである。コストといえども独立しては存在しえない。少なくとも意図としては業績をあげるために発生している。
――『創造する経営者』より
ドラッカーはさらに、コスト削減の最も効果的な方法は活動そのものをやめることだと述べる。一部を削るやり方が効果を上げることはまれであり、そもそも行うべきでない活動のコストを削っても意味がないからだ。
キーワードは削るのではなく、やめるである。全社の広告費を一律に削るのではなく、利益の大半を生む主力商品の広告はむしろ増やし、赤字が続く商品ラインからは撤退する。
痛みは大きいが、効果は桁違いだ。やめて生まれた余力を、勝てる場所に一点集中する。それが本書の処方箋である。
一律値上げも、同じ誤りではないか
いま日本経済は、長く続いた「コストカット型経済」から、賃上げと価格転嫁の経済へと舵を切ろうとしている。削って利益を絞り出すのではなく、価値を高めて価格に反映させ、その果実を働く人に返す。そういう転換だ。
ここで一つ、考えてみたいことがある。「全商品を一律5%値上げ」というやり方は、実は一律10%削減とまったく同じ思考の誤りなのではないだろうか。これは本書から導ける解釈である。
顧客が高い価値を認めている商品は、5%どころではない値上げにも耐えるかもしれない。逆に、すでに存在意義を失った商品に必要なのは、値上げではなく撤退だろう。
一律に削るのも、一律に上げるのも、判断を放棄している点では変わらない。それは「一律という名の思考停止」にほかならない。
どこに集中し、どこから手を引くか。その問いに正面から向き合うことこそが、コストカットの時代を静かに終わらせる第一歩になる。






