承認欄もチェックリストも増え続けるのに、不正やミスはなくならず、現場だけが疲れていく。ピーター・F・ドラッカーは、こうした「守りのためのコスト」は、増やすものではなく設計し直すものだと説いた。この記事では、監視を強めずに品質と生産性を同時に高めるための発想を紹介する。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

監視ばかりが増えていく
承認欄が3つに増え、チェックリストが2枚に増え、研修が年2回に増える。それでも不祥事のニュースは絶えず、現場は「またルールが増えた」とため息をつく。
監視の形そのものも変わった。稼働ログの記録、在席確認のポップアップ、業務端末の監視ツール、そして何かを決めるたびに求められる証跡(エビデンス)の提出。信頼の代わりに、見張るための仕組みだけが静かに厚くなっていく。
2026年1月、日本取引所自主規制法人(東京証券取引所を運営するグループの自主規制機関)が「内部統制強化・不祥事予防に向けたハンドブック」を公表した。過去に不祥事を起こした企業の再発防止策を、原因ごとに14に区分し、原因・目的ごとに再発防止策を整理した資料である。
注目すべきは、その背景にある事実だ。上場企業の不祥事の発覚件数は、近年むしろ増加傾向にある。チェックを積み増してきたのに、事故は減っていないのだ。
この行き詰まりを解く手がかりが、ドラッカーが60年前に書いた『創造する経営者』にある。本書には、コストを性質ごとに分けて扱う視点がある。
売上を1円も生まない仕事
本書でドラッカーは、企業のコストを4つに分類する。顧客が喜んで代価を払う「生産的コスト」、価値は生まないが避けられない「補助的コスト」、悪いことが起こらないよう見張る「監視的コスト」、そして何も生まない「浪費的コスト」である。
問題は3番目だ。ドラッカーは監視的コストを、何かをもたらすためではなく、何か悪いことが起こらないようにするための活動のコストだと定義する。
令和の職場に引き寄せれば、稟議書の承認欄、コンプライアンス研修、月次報告のための二重入力、証跡を残すためだけのスクリーンショット。こうした作業がこれにあたるだろう。どれだけ増やしても、売上は1円も増えない。
この監視的コストについて、本書にはこう書かれている。
監視的コストの最善の管理は活動そのものをやめることがある。したがって「やめるとコスト以上の損失を受けるか」を問わなければならない。
――『創造する経営者』より
まず「やめられないか」を問え、というのだ。やめられないなら最小限にとどめ、全量チェックではなく統計的に有効なサンプル管理に切り替える。
ドラッカーに言わせれば、最善の管理は、やめることだ。そして本書は、コスト削減の掛け声そのものが監視を膨らませると警告する。
そもそも、コスト削減キャンペーンそのものが、より多くを監視しより多くを防止しようとして監視的コストを増大させてしまう。
――『創造する経営者』より
削ろうとして、かえって増える。多くの職場が身に覚えのある悪循環だろう。
苦情は最強の品質管理だ
では、やめられない監視はどう扱えばよいか。本書は、ある大手海運会社の例を紹介している。この会社は、荷物の破損や遅配、乗客のけがといった苦情を、1件残らず詳しく調査していた。
目的は、苦情の処理ではなかった。
しかし、この海運会社では、苦情についてすべて詳しく調査することによって、あらゆる業務の品質管理のための手段としている。貨物や乗客の扱いに間違いがあれば、かなり早く苦情として出てくるはずだからである。
――『創造する経営者』より
業務に間違いがあれば、早い段階で苦情という形で外に出る。ならば苦情を全件たどることが、そのまま業務全体の点検になる。しかも本書によれば、その調査件数は、各業務を個別にサンプル管理する場合より少なくて済むという。
令和の職場に置き換えれば、問い合わせ窓口に届く声、返品理由、低評価レビュー、ヒヤリハット報告がこれにあたる。それらを全件読み解く仕組みを持てば、苦情は最も安い異常検知だといえるかもしれない。承認欄を1つ増やすより、安く、早く効くだろう。
異常は、社内の報告書より先に、社外の声として現れる。
何を見ないかを決める
ハンドブックが再発防止策を「原因」ごとに分類したことには、大きな意味がある。原因が違えば、必要な手当ても違うということだ。すべての部署に同じチェックを一律に課すやり方は、そもそも筋が悪い。
本書によれば、業績をあげている事業ほど、もともと資金に余裕がなく、一律のコスト削減で真っ先に力を失う。逆に、浪費的な活動には資源が過剰に配分されたままとなり、一律削減では削り足りない。一律の締めつけは、強い場所から順に弱らせるのだ。
だから守りは、足し算ではなく引き算で設計し直すことになる。この監視をやめたら、コスト以上の損失を受けるか。受けないならやめる。受けるなら最小限に絞り、苦情のような「外からの声」に置き換えられないかを考える。
守りを強くするとは、見張りを増やすことではない。何を見ないと決めるかを決めることだ。やめる勇気が、守りを強くする。奇跡の一手があるわけではない。静かな取捨選択の積み重ねだけが、組織を軽く、そして強くしていく。






