誰もが一度は耳にしたことがある「自律神経失調症」。実はこの病名、明確な医学的診断基準が存在しない「曲者」だということをご存じでしょうか? 「基準がないなら、存在しない病気なの?」と思うかもしれませんが、決してうさんくさいものではありません。誰もが知るこの言葉が、なぜこれほど世間に浸透しているのか、その知られざる背景に迫ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・斎藤順)
※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。

【精神科医が教える】明確な診断基準がない「自律神経失調症」の実態とは?Photo: Adobe Stock

なぜ自律神経失調症は「曲者」なのか?

今回は「自律神経失調症」というものについてお話ししたいと思います。適応障害やうつ病など、さまざまな病名がある中で、皆さんも「自律神経失調症」という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

しかし、よく見聞きする言葉である割には、実はこの病名、意外と「曲者」なのです。なぜ曲者なのかと言うと、そもそも自律神経失調症には「明確な医学的診断基準がない」からです。診断基準がないからといって、自律神経失調症という状態が存在しないかというと、そこが非常に微妙なところです。

たとえば「新型うつ」のように、一般用語に近いものや創作された言葉には診断基準がありませんが、「うつ病」には明確な基準があります。自律神経失調症には明確な診断基準がないのですが、だからといって全く病態が存在しないわけでもありません。

ここが少しややこしい部分ですので、順を追って説明していきます。

医学的に存在する「自律神経」の働き

大前提として、「自律神経」という神経系そのものは、医学的に明確に存在しています。自律神経とは、脳から意識的に指示を出さなくても、勝手に体の調整をしてくれる神経系のことです。たとえば、走った時に呼吸が荒くなったり、脈が速くなったり、血圧が上がったりしますが、これはいちいち「呼吸を速くしろ」「脈を上げろ」と頭で命令しているわけではなく、体が自動で行っています

また、リラックスしている時にお腹がゴロゴロ鳴るのも同様です。このように、自律的に動くものが自律神経です。自律神経は、大きく以下の2つに分けられます。

交感神経系:活動する時や、活発になる時に働く神経。走ったり緊張したりする時などに作用します。
副交感神経系:リラックスして落ち着いている時や、眠くなる時に働く神経。この2つが交互に、拮抗的に働くことで私たちの体は調整されています。ここまでは医学的な真実であり、自律神経は確かに存在します。

「自律神経の乱れ」と診断基準のジレンマ

そして、この自律神経のバランスが乱れる(失調する)ことも当然あり得ます。本来はくつろぎたいのに交感神経が強く働いてしまい、寝ようとしているのに動悸がしたり、呼吸が速くなったり、落ち着かなくなったりすることがあります。

通常、私たちの体は「朝は交感神経が活発になり、夕方から夜にかけて副交感神経が優位になってリラックスし眠くなる」というリズムを持っていますが、これが崩れてしまうのが「自律神経が失調している状態」です。

しかし、ここからがややこしいところなのですが、「こういう検査をして、結果がこうなったら自律神経失調症である」という明確な診断基準は存在しません。自律神経は存在するし、そのバランスが失調する状態もあり得るけれど、「自律神経失調症」という明確な診断基準はない、ということなのです。