人生100年時代、と言われるようになった。長く生きられるのは、本来なら幸運なはずだ。ところが現実には、年を重ねるほど毎日から新鮮さが抜けていき、「昔のほうがよかった」と漏らす人は少なくない。若い頃はあんなに好奇心の塊だったのに、なぜ人は、年を取るほど人生がつまらなくなっていくのか。
アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏は、新刊で、その分かれ目はたった一つの口ぐせにあると指摘する。しかも厄介なことに、それは本人がいちばん「楽」だと感じている口ぐせだという。
(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)

自分の言葉で話せるようになりましょう。Photo: Adobe Stock

「つまらない人」に共通する、たった一つの口ぐせ

つまらなくなっていく人が、無意識に繰り返している言葉がある。
「もう年だから」「今さら遅い」「私はこういう人間だから」。

一見、ただの謙遜や照れ隠しに聞こえる。

だが片石氏は、これらを自分に「ラベル」を貼る行為だと呼ぶ。便利な一言で、自分を固定してしまう。そして、この固定こそが人生をつまらなくする最大の原因なのだ。

人間は、本来「動き続けている」

なぜ、ラベルが人生をつまらなくするのか。大前提として、人間はもともと動的な存在である。

人間は、常に動的です。心臓は生まれた時から絶えず動いているし、あなたがどれだけ変わっていないと思っても、ほとんどの細胞は数ヶ月後には、すべて入れ替わっていると言われています。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
変わり続けているはずの自分を、「もう年だから」の一言で止めてしまう。それは、物語を手放すことに等しい。
面白い人の話には、物語があります。物語には、必ず変化があります。

――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

2時間登場人物がまったく変化しない映画など存在しない。
変化があるから、観客は心を動かされる。
人生も同じだ。「私はこういう人間だ」と固定した瞬間、その人からは変化=物語が消える。だから、話しても面白くない。会っても、なぜか心が動かない。

ラベルが、「その通りの現実」を作る

さらに恐ろしいのは、貼ったラベルが、現実そのものを作り替えてしまうことだと片石氏は言う。

そして、ラベルが現実を作り、現実がラベルを強化する――この自己強化ループの中で、私たちは少しずつ動かなくなっていく。少しずつ死んでいくのです。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

「もう年だから」と言えば、新しい挑戦をしなくて済む。挑戦しなければ、当然できるようにならない。
すると「やっぱり年だ」と確信が強まり、貼ったラベルは、じわじわと本物になっていく。

いちばんの罠は、それが「楽」なこと

片石氏がもっとも危険だと指摘するのは、この過程がまるで苦しくない、それどころか楽であることだ。

固着化の最大の罠は、苦しくないことです。むしろ、楽。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

ラベルは、自分の可能性を閉じる代わりに、安心をくれる。だから手放せない。こうして、いちばん楽な口ぐせを選び続けた先で、人生は静かにつまらなくなっていく。

「もう年だから」の、逆をいく

では、どうすればいいのか。
答えは単純で、ラベルの逆をいけばいい。自分を「名詞」で閉じるのをやめ、「~しつつある」と、変化の途中として語る。「もう年だから」ではなく「この歳だからこそ、見えてきたことがある」。同じ状況でも、後者には変化=物語が宿る。
長く生きられる時代だからこそ、この差は年々開いていく。年を取ること自体が、人生をつまらなくするのではない。自分で自分に貼ったラベルが、そうするのだ。

「私、不器用だから」と自分を固定するのは、自分は面白くない存在だと言ってるようなもの。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

(本稿は、『自分の言葉で話せるようになりましょう。』の一部を引用したオリジナル記事です)