「やればできる。もっとがんばれ!」――わが子の背中を押したい一心で発したその言葉が、実は子どもをかえって不安にさせ、心をしぼませているかもしれない。励ましたつもりが、なぜ逆効果になるのか。通信教育「進研ゼミ」の「赤ペン先生」として20年以上、のべ8万枚をこえる答案に向き合ってきた佐村俊恵さんは、「『がんばれ』は子どもの“後ろ”からかける言葉。でも、子どもに必要なのは“隣”からの言葉です」と指摘する。新刊『57年間、9200万人の子どもを励まし続けた 赤ペン先生のほめ方』では、歴代の赤ペン先生の集合知ともいうべき「子どもの心を動かす言葉のかけ方」が惜しみなく明かされている。そのエッセンスをぜひ体得してほしい。
(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

「自信のない子」の親がかけているNG口ぐせ・ワースト1Photo: Adobe Stock

応援したつもりが、子どもを孤立させる「監督ポジション」

――親が「がんばれ!」と言うほど子どものテンションが下がる、というのはドキッとさせられる話です。子どもを励ますための言葉が、なぜ逆効果になるのでしょうか。

佐村俊恵氏(以下、佐村) 「がんばれ!」という言葉自体は、もちろん力強い応援の言葉です。お子さんを励ましたい一心で出てくる、親心そのものの言葉ですよね。

ただ、私たちが長年子どもたちと向き合ってきて感じるのは、「がんばれ!」だけだと、どこか突き放したような響きになってしまうということです。応援したつもりが、子どもからすると「ひとりで何とかしなさい」と言われているように感じてしまう。ここは、親御さんが見落としがちな点かなと思いますね。

――突き放したような響き、ですか。

佐村 子どもに「がんばれ」と言うときの大人の立ち位置は、子どもの前や後ろから指示を出したり、お尻を叩いたりする「監督」なんですよ。

例えるなら、お子さんが初めて自転車の練習をしているときに、後ろで腕組みをして仁王立ちしているお父さんのイメージです。ご本人は見守っているつもりでも、お子さんからするとけっこうなプレッシャーですよね。「ちゃんと乗れるかな、失敗したらどうしよう」って。

応援のつもりが、背中を押すどころか、逆に「ひとりで戦え」と孤立させてしまいかねない。ここが「監督ポジション」の怖いところだなと思います。

「もう小学生なんだからひとりでがんばれ」などと自立を急かし、「ひとりでやれる」と発破をかけても、不安な子どもには孤独感ばかりが残ります。すると、本当に困ったときに「助けて」と言えない子になってしまうこともあるんです。

子どもと同じ景色を見て、一緒に走る

――では、「がんばれ!」の代わりに、どんな声をかければいいのでしょうか。

佐村 私たち赤ペン先生がよくお伝えしているのが、「一緒にがんばろう」という言葉です。赤ペンのおたよりコーナーに日々の小さな不安を書いて送ってくるお子さんもいるのですが、そんなときは「先生もついているから、一緒に赤ペンがんばっていこうね!」というメッセージを返しています。

「一緒にがんばろう」は、監督よりも「応援団」の言葉に近いと思います。マラソンを思い浮かべるとわかりやすいのですが、沿道で声をからしている人たちは、実は心のなかで選手と一緒に走っているんですよね。「あと少し!」「もう一息!」と叫びながら、自分も同じ景色を見て、同じ気持ちで応援している。

この「私もあなたと一緒に走っているよ」という連帯感が伝わると、子どもの心がふっと軽くなって、前へ進む勇気が引き出されるんです。「ひとりで戦っているわけじゃない」と感じられることが、子どもにとってどれほど大きな支えになるか。長年現場で見てきて、本当に実感しています。

――進研ゼミの「赤ペン先生」も、まさにその「応援団」の役割を担っているわけですね。

佐村 そうですね。通信教育は、お子さんが「自分ひとりでやっている」と感じてしまうと、なかなか続かないものなんですよ。それでも「進研ゼミ」を長く続けてくれる会員さんが多いのは、赤ペン先生が子どもたちの隣で「一緒にがんばっている」ことを、子どもたちが心強く感じてくれているからだと自負しています。

なお、お子さんがスランプに陥っているときは、声をかけすぎず、「ただ隣で見守る」というスタンスも大事だと思っています。何も言わなくても、隣にいるだけで伝わるものってありますよね。いつだって子どもに寄り添い、心でも伴走する姿勢を大切にしていただきたいと思います。