それを冷たいと感じる人は多いでしょう。しかし、それは冷淡なのではありません。
最初から、混ぜていないだけです。多くの投資家は、判断に感情を混ぜ込みます。「この企業には思い入れがある」「この経営者は誠実だ」「このやり方は応援したい」。
バフェットは、それをしません。善悪を判断しないのではなく、善悪を市場に持ち込まないのです。だから彼は、勝とうともしません。少なくとも、世間が考える意味での「勝利」には、関心がありません。
他人より先に動こうとしない。市場と競争しようとしない。自分が正しいことを証明しようともしない。彼がしているのはただ一つ、自分が壊れない位置に居続けることです。この姿勢は、誤解されやすい。
善意・誠実・我慢を
市場は一切評価しない
派手に勝たない。声高に語らない。説明もしない。結果として、「人格者」に見える。しかし、それは目的ではありません。副産物です。人格者としてバフェットを描いてしまうと、読者は必ず間違います。「善人であれば勝てる」「誠実に続ければ報われる」「我慢は美徳である」。
市場は、これらを一切評価しません。市場が返すのは結果だけです。努力を認めない。動機を評価しない。正しさを称賛しない。バフェットは、その事実を誰よりも深く理解していました。だから彼は、自分を善人として扱わない。人格を投資判断に持ち込まない。
彼の強さは、能力でも才覚でもありません。距離です。感情から距離を取る。世間から距離を取る。評価から距離を取る。勝ち負けからさえ距離を取る。彼は、自分を「成功者の側」に置こうとしませんでした。「わかっている側」に立とうともしなかった。その位置が、最も危険だと知っていたからです。
それでもなぜ、彼は人格者に見えるのか。長期で行動するからです。過剰な発言をしないからです。結果が出ても誇らないからです。しかしそれは、徳を積んだからではありません。徳を期待していないからです。
日本人が最も取り違えやすいのは、この点です。私たちは、「正しさ」と「生存」を無意識に結びつけます。正しくあれば、長く続く。誠実であれば、報われる。市場は、その期待を残酷に裏切る装置です。







