「スマホ漬け社会」において、「スマホ依存」という概念と社会的に流通する言説は、スマホ利用に関する規範を形成しています。
「スマホの使いすぎ=悪(精神的健康、学業、仕事などを損なう)」「SNSや動画をダラダラ見てはいけない」「時間の無駄だ(つまり、タイパを意識しろ、生産的であれ)」「スマホにすぐ気を取られるのは意志が弱い」、こうした規範が、学術、メディアを介して社会的に醸成されてきました。
他方、スマホは、私たちを惹き付け、習慣化し、絶えず可変報酬を求めるよう誘うデザインに満ちています。したがって、ついスマホを見る、知らない間に時間が経つ、スマホに触れないと不安・イラつく、他にすべきことよりもスマホを優先する、といったことが度々起こります。
すると、前述のような規範が内面化され、抑うつ傾向、オンライン志向性、自制志向が強い個人にとって、規範に逸脱したと認識される経験が、「コントロール喪失」「自己管理の失敗」、つまり「スマホ依存」とラベル付けされます。
仕事や勉強に使えた時間をスマホに使った。子どもに向き合うべき時間をスマホに費やした。こうした場合も、スマホを使ったことよりも、「もっと良い時間の使い方があったはず」という後悔が、自己への批判的眼差しとなり、「依存している」というラベルを誘発します。
デジタルデトックスは
本当にいいことなのか?
スマホ漬け社会でスマホ依存が社会的問題とされるほど、「使わない自分こそよい自己」、「スクリーンタイムを減らすことが『自制心がある』こと」「スマホを見ない時間が『充実』『リセット』『本当の時間』である」といった、一種の「デジタル・ストイシズム(デジタル禁欲主義)」が価値として認識され、デジタルデトックスなどへの関心を醸成することにつながります(注3)。







