ぜひ注目したい学名は、オサシダにつけられたBlechnum amabileです。前半のBlechnum の部分は古典ギリシャ語のblekhnon「セイヨウオシダ」から来ており、後半のamabileはラテン語で「愛らしい」という意味です。このように、主観の入った単語も使えるところが学名の面白さです。
同書より転載
植物の研究や標本整理に長らくいそしんでいた彼も、晩年は病に冒されるようになり、1957年、94歳でこの世を去りました。
翌年の1958年には、高知市に「牧野植物園」が開園しました。後にここに新設された「牧野富太郎記念館」では、彼の直筆の植物図などが展示されています。
レフカダ島生まれで日本に帰化
ヘブン先生でお馴染みの小泉八雲
2025年秋に始まったNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』はラフカディオ・ハーン(1850~1904)とその妻セツをモデルにしたお話です。このドラマの影響もあり、現在日本においてラフカディオ・ハーンが再び注目を集めています。
彼は出生名をパトリック・ラフカディオ・ハーンといいます。つまり「ラフカディオ」はミドルネームなのです。そしてその意味は「レフカダ島の」です。実際、彼は現在のギリシャのレフカダ島で生まれています。
ハーンが日本に初めて来たのは1890年のことで、雑誌の特派員としてやってきました。その後契約を破棄して島根県で英語教師として働きます。次に熊本の第五高等中学校の英語教師となり、1896年に日本に帰化し「小泉八雲」と名乗ります。
同じ年に東京帝国大学で英文学を講じるために上京し、その後は東京で暮らすことになりました。東京帝国大学での職は1903年まで続き、1904年には今度は早稲田大学で講座を受け持つことになります。
またこの年に彼は、日本の民話を取材して彼独自のエッセンスも加えた短編集『怪談』を出版しました。現在でもこの本は多くの人に読まれています。その年の9月、心臓の発作を起こして54歳でこの世を去りました。
現代の学生には難しすぎる?
小泉八雲のラテン語基礎問題
そんな彼が日本でラテン語を教えていたことや、その試験問題が残っていることはあまり知られていません。







