財務省勤務の経験からマクロ金融への知見が深く、スタンフォード大学院への留学などで米国のフィンテック事情にも詳しいブルーモ証券CEOの中村仁氏は、「AI革命が常に株価を押し上げるわけではない」と説きます。
AIによる労働代替が進んでGDPは空洞化した社会、AIに既存産業が破壊された世界の到来も考えなければならないタイミングなのです。

すれ違うAIへの期待Photo: Adobe Stock

 これまで見た通り、今後の株価成長はAIトレンドの継続を前提としているが、AI相場の最も危険な誤解は、「AI革命が本物であること」と「AI関連株が上がり続けること」を同じ意味にしてしまうことだ。技術革命は確かに新しい富を生む。しかし株価は、技術そのものではなく、将来利益の取り分、資本コスト、競争環境、規制リスク、そして投資家の期待で決まる。

 AIが社会全体の生産性を高めても、その利益が上場企業の株主に帰属するとは限らない。消費者に価格低下として移転するかもしれない。労働者の賃金低下や失業を通じて需要を傷つけるかもしれない。あるいは、勝者企業が莫大な計算資源を買い続けるだけで、売上は伸びても利益率は思ったほど上がらないかもしれない。

 IMF(国際通貨基金)は、世界の雇用の約40%がAIの影響を受け、一部は代替され、一部は補完されると指摘している。AIは単純な「効率化ツール」ではない。成長、格差、雇用不安、資本集中を同時に生み出し得る技術である。だからこそ、AI革命が本物であることと、AI関連株が恒常的に上昇することは、分けて考えなければならない。

AIによる労働代替が進んだ結果、GDPは空洞化するか

「AIが労働を代替すればGDPは空洞化するのか」。この問いを考えるうえで、2026年初頭にCitrini Researchが出したレポート『The 2028 Global Intelligence Crisis』が提示した「Ghost GDP」という概念は示唆的である。同レポートが描くのは、GDPが単純に消える未来ではない。むしろ、名目GDPや生産性は高く見える。しかし、その生産が人間の所得や消費に十分還流しなくなる。Citriniはこれを、国民経済計算には表れるが、実体経済を循環しないGDPとして描いた。

 ここで重要なのは、AI投資が必ずしも純粋な新規需要ではない点だ。企業が従業員を減らし、その削減分の一部をAIシステム、GPU、クラウド、エージェント導入費へ振り向ける場合、AI支出は増える。しかし企業全体の支出は減るかもしれない。つまりAI投資は、景気刺激的な設備投資というより、人件費を計算資源へ置き換える「営業費用の代替」として機能する。

 この構造では、短期的には企業利益が改善する。人件費は下がり、AIインフラ企業には需要が流れ、半導体やデータセンター関連企業は好調に見える。だが、置き換えられた労働者は所得を失う。高賃金のホワイトカラー層が低賃金サービス業やギグワークへ流入すれば、そこで働く既存労働者の賃金まで押し下げられる。失業率だけでなく、中間層の購買力そのものが削られる。

 GDPは、国内で生み出された付加価値の合計であり、人間の雇用が守られているかどうかを直接示す指標ではない。AIが人間の仕事を代替し、企業が同じサービスをより安く、大量に提供できれば、統計上の生産は残る。場合によっては増える。しかし、その付加価値が労働所得として広く分配されず、AIモデル企業、クラウド企業、半導体企業、資本所有者に集中するなら、家計の側では購買力が痩せていく。数字としてのGDPは存在するが、それを支える消費者の財布が薄くなる。このズレこそが「GDPの空洞化」である。

 Citriniのシナリオが怖いのは、通常の景気後退と違って、自然なブレーキが働きにくい点にある。普通の不況なら、在庫調整が終わり、金利が下がり、需要が戻れば雇用も戻る。しかしAIによる労働代替では、企業が需要減に直面したとき、従業員を再雇用するのではなく、さらにAIを導入して利益率を守ろうとする可能性がある。AI能力の向上、雇用減、消費減、利益率維持のためのさらなるAI投資が連鎖すれば、生産性上昇と購買力低下が同時に進む。

 したがって、AI革命がもたらす最大のマクロリスクは、GDPの消滅ではない。GDPが残ったまま、社会の購買力だけが空洞化することだ。株価指数が上がり、AI企業の売上が伸び、半導体需要が膨らんでも、その裏側で中間層の所得と消費が細っているなら、それは健全な成長ではなく、循環の断絶である。

 Citriniの示した世界観は思考実験としての終末論シナリオであり、実際にはその過程で政治的な介入なども入ることが想定されるため、そのままGDPが空洞化してある日突然経済がストップするということにはならないだろうが、AIという技術がもたらす社会変革のリスクは念頭に置いておく必要がある。

アンソロピックショックが示した既存産業の破壊リスク

 また、AI相場が難しいのは、AIを「導入する企業」が必ず勝つとは限らない点である。むしろAIは、既存企業のコスト削減ツールであると同時に、既存企業の利益プールを破壊する競争相手でもある。

 2026年初め、市場はそのもう1つの顔を見た。ここではこの一連の反応を「アンソロピックショック」と呼ぶ。2026年2月、アンソロピックのClaude関連ツールが法務など高付加価値の企業業務へ踏み込んだことで、AIが従来型ソフトウェア企業や専門サービス企業の収益基盤を侵食するとの懸念が広がり、ソフトウェア・サービス株から6営業日で約8300億ドルの時価総額が失われたと報じられた。

 これまで多くの投資家は、SaaS企業をAIの受益者と見ていた。既存ソフトにAI機能を追加すれば単価が上がり、顧客の解約率も下がる。そう考えるのは自然だった。ところがアンソロピックショックが示したのは、AIが既存ソフトの付加機能ではなく、既存ソフトそのものを中抜きする可能性である。

 従来のSaaSは、ユーザーごとに席を売るモデルだった。人間の社員が増えれば、CRM、法務データベース、分析ツール、ワークフロー管理ツールの契約席数も増える。しかしAIエージェントが一人の社員のかわりに複数のソフトを横断操作するようになれば、価値の中心はアプリケーションからエージェントへ移る。顧客は「ソフトを使う権利」ではなく、「成果」を買うようになる。

 ベイン・アンド・カンパニーも、SaaS株の下落について、AIによる中核機能の複製、顧客維持率の鈍化、既存企業と次世代の勝者の分断が背景にあると分析している。これは一時的な株価水準の調整ではなく、ソフトウェア産業の収益モデルそのものが問い直されているということだ。

 この変化は、単なる「AI導入」の問題ではない。ビジネスモデルの再評価である。既存ソフトウェア企業は、AIを導入すれば自動的に勝者になるわけではない。AIが顧客接点を奪い、UIを置き換え、既存アプリを裏側のデータベースや処理エンジンに格下げするなら、その企業は「AIの受益者」ではなく「AIに中抜きされる企業」になる。

 AI革命の勝者は、AIを使っている企業ではない。顧客接点、データ、実行権限、価格決定力を握った企業である。だからAI相場では、「この会社はAIを導入しているか」ではなく、「この会社はAIに利益プールを奪われる側か、奪う側か」を問わなければならない。その意味で、AIによる社会変革は株価に対してすべてプラスではなく、追い風と向かい風が混在するものだと理解しなければいけない。

★本記事は書籍『AIバブル後の投資戦略』の一部を抜粋・編集したものです。