仕事を頑張っている。収入もある。欲しいモノも買っている。それなのに、ふと「何のために生きているんだろう」と虚しくなる。そんな虚無感は、人生がうまくいっていないから生まれるとは限りません。『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』には、一見すると順調なのに満たされない人が陥っている、ある生き方が描かれています。「何度読んでもハッとする」と話題の一冊から、相談者に響いた名言について紹介する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
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「頑張ったご褒美」が必要になる毎日
仕事で疲れた金曜日。
「今週も頑張ったから」と、おいしいものを食べる。
休日には服を買う。
新しいスマホや家電を買う。
旅行に出かける。
そうやって自分に「ご褒美」を与えている人は多いだろう。
もちろん、ご褒美が悪いわけではない。
ただ、一つ考えてみてほしい。
なぜ、それほど頻繁に「ご褒美」が必要なのだろうか。
『世界の果てのカフェ』という本には、こんな言葉がある。
――『世界の果てのカフェ』より
頑張って働いたから、モノを買う。
一見すると合理的だ。
しかし、その「ご褒美」が、つらい日常を耐えるための埋め合わせになっているとしたら、少し話が変わってくる。
「仕事→消費→仕事」を繰り返していないか
さらに本書では、その生活がどうなっていったのかが語られる。
ある日の晩に、私は、これで今月の収入を使い果たしてしまった、と思いながら、請求書の山を片づけてベッドに倒れ込んで天井を見上げたの。そうしないと涙がこぼれそうだった。人生が自分の横を通りすぎていくような気分だった。私は、どうでもいい仕事をするのに人生を費やして、それを埋め合わせるために、これまたどうでもいいモノを買っていたのよ。
さらに困ったことに、自分がやりたいことに戻るためには、定年退職できる60歳まで働き続けなければならない。そんな計画で本当にいいの? と思って……」
――『世界の果てのカフェ』より
これは、怖い循環だと思う。
働いて疲れる。
疲れを埋め合わせるために、お金を使う。
お金を使ったから、また働く。
そして、また疲れる。
これを何十年も繰り返す。
生活は成立している。
それなのに、自分が本当にやりたいことには、ほとんど時間を使っていない。
だから、虚しくなる。
虚無感とは、何も持っていない人だけが感じるものではない。
たくさん持っているのに、「自分の人生を生きている感覚」がない人にも訪れるものなのだ。
「何が自分を満たすか」は自分で決める
では、どうすればいいのか。
本書では、人生に疑問を抱いた女性が、街を歩きながら人々を眺める。
そして、立ち寄ったカフェで、こんな言葉に出合う。
「難しいのは、何が自分を満たすのかは自分が決める、と気づくことだ。他の誰かが教えてくれるのではなくて」
――『世界の果てのカフェ』より
高い給料。立派な肩書。おしゃれな家。ブランド品。海外旅行。
世間から「幸せそう」と思われるものを、いくら集めてもいい。
しかし、それによって自分自身が満たされるとは限らない。
何があれば幸せなのかは、他人に決めてもらうことではないからだ。
ワースト1は「自分の人生の穴を、モノで埋める」
「虚無感が止まらない人」の特徴・ワースト1。
それは、「やりたくないことによって生まれた虚しさを、消費で埋め続けていること」だ。
虚しくなったとき、「何を買えば気分が上がるだろう」と考える。
その前に、一度だけ別の質問をしてみる。
「私は、何をしているときに本当に満たされるのだろう?」
本を読むことかもしれない。
家族と過ごすことかもしれない。
何かを作ることかもしれない。
人の役に立つことかもしれない。
答えは、人によって違う。
だからこそ、自分で見つけるしかない。
虚無感を埋めるために必要なのは、次の「ご褒美」ではない。
自分の時間を、自分が本当に満たされることに使うこと。
その小さな変化から、「自分の人生を生きている」という感覚は戻ってくるのである。




