令和の今、「こんにちは」は
未来を切り開く言葉に

 戦争の悲惨を身をもって知った島田さんが平和を維持し、広げる鍵と考えた「挨拶」と「握手」には、どのような力があるのでしょうか。軽率に答えを出さずに、まずは1970年と2025年のテーマソングの違いを照らし出してみましょう。

 音楽デュオのコブクロが作詞した「この地球の続きを」(発表されたのは2022年)は、タイトルからも分かるように未来志向の歌です。8回も出てくる「こんにちは」は確かに島田さんの歌からミャクミャクと引き継がれたキーワードです。

 それと同時に「2025 未来見に行こう!」と感嘆符つきで繰り返されるスローガンと響き合って、「こんにちは」という挨拶は、今ここに立ち止まり、留まるというよりも、未来を切り開く言葉として使われています(注1)。

 科学技術や経済の発展によって現代日本は、55年前と比べてもモノに溢れた格段に豊かな世界になっています。しかしその一方で、分断し、閉塞した社会の中で、若い人が夢をみたり、希望をもつことが困難になっているのも否定できない事実です。モノが乏しくとも、希望があった1970年と対照的です。

『なぜ人は挨拶するのか』書影なぜ人は挨拶するのか』(鳥越覚生、筑摩書房)

 1970年の「こんにちは」では、世界中の人が集い、「握手をしよう」と呼びかけられていました。当然ながら、握手をするには立ち止まり、相手の顔を互いにしっかりみて、わたしの手のひらとあなたの手のひらを合わせなければなりません。今ここで立ち止まり、留まって、互いに心を開いていこうという「今日の挨拶」が歌われていたのです。それはまた、暗い戦争の記憶を反省した「今日」でもありました。

 それと比べて、戦争から80年経った2025年の「こんにちは」は明るい未来をみるために一歩を踏み出すための「未来の挨拶」です。この場合、現在を踏まえた「未来」であるようです。

 どうやら挨拶には、暗い過去や現実を顧みて、明るい現実や未来を切り開くという力がありそうです。

(注1)2025年大阪万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン(Designing Future Society for Our Lives)」であったことを付言しておきます。