Photo:PIXTA
1970年の大阪万博で三波春夫が歌った「こんにちは」と、55年後の大阪・関西万博でコブクロが歌った「こんにちは」。同じ言葉を受け継ぎながら、二つのテーマソングが見つめているものは同じではない。時代とともに「こんにちは」に込められた意味は、どう変わったのか?※本稿は、哲学者の鳥越覚生『なぜ人は挨拶するのか』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
2つの大阪万博テーマソングに
共通する「こんにちは」
2025年に日本で万博(国際博覧会)が開催され、大きな話題を呼びましたが、1970年にも大阪万博が開催されています。1970年は、誰もが大きな犠牲を払った第二次世界大戦から25年しか経っていません。
悲しい事実ですが、第二次世界大戦が終わった後も、世界では流血が絶えず、涙が乾くこともありませんでした。その一方で、日本では1950年代半ば頃から高度経済成長期を迎えていました。
もっとも、経済成長にも公害や環境破壊、生活様式の変化に伴う新しい社会問題の発生という暗い面があります。被害者の苦しみは一過性のものではありませんし、戦争の爪痕も消えません。今なお苦しんでいる人が大勢いますし、苦しみや悲しみは姿や形を変えて連鎖するものです。
こうした戦後の明暗の中、1970年に大阪で万博が開催されたのです。そして、それから55年経った大阪で、奇しくも万博が再び開催されたわけです。
この2回の大阪万博の間で引き継がれたもの1つに、テーマソングがあります。そこでは、「こんにちは」という挨拶の言葉が継承されています。







