高市早苗首相 Photo:SANKEI
「外交は戦略がすべて」と教えられた元外交官の垂秀夫氏。中国課長時代、年末年始を潰して「対中戦略」をまとめ上げ、外務大臣に提出した。ところが、大臣が資料を読み終えて最初に尋ねたのは、戦略とは別の目の前の案件だった。なぜ日本外交では、長期的な戦略よりも個別案件への対応が優先されるのか。垂氏が見た、日本外交の構造的な問題とは。※本稿は、元駐中国大使・立命館大学教授の垂 秀夫『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。
「外交は戦略がすべて」
若き日に教わった原点
外務省に入省したばかりの若い私に、当時中国課長を務めていた浅井基文さんがこう語った。「垂さん、外交は戦略がすべてです。『毛沢東選集』と『キッシンジャー秘録』を読んでおくといい」
浅井さんは、外務省入省一年目の私に対しても「垂さん」と「さん」付けするほど、一人ひとりの人格を大切にする方だった。私は外務省の図書館で分厚い『キッシンジャー秘録』を借り、中国語版の『毛沢東選集』を購入した。そして南京大学に留学し、冬の薄暗い寄宿舎でそれらを読みふけり、湯気の立つ龍井茶をすする日々を送った。部屋に遊びに来る中国人学生からは「書呆子(本の虫)」と冷やかされるほどであった。
私は『キッシンジャー秘録』を通じ、戦後西ドイツが「自立を望みながらも、ソ連の脅威ゆえに米国の核抑止に依存せざるを得ない」という戦略的ジレンマを抱えていたことを知り、明日の日本外交に自然と思いを馳せた。戦略とは“望む方向”と“選び得る現実”をどう整合させるかだ、という本質を見たのである。また、毛沢東の「持久戦論」を読み、時間を戦略資源として扱う、『孫子』にも通じる長期的・全体的な戦略思考に触れ、強い驚きと新鮮さを覚えた。







