加えて、特例として他エリアでの限定商品も生まれている。
関西では、兵庫県姫路市に本社を構えるまねき食品とのコラボレーションで「関西シウマイ弁当」を製造するほか、北陸新幹線の延伸開業に合わせ、福井、石川、富山の駅弁5社に向けて「北陸シウマイ」を開発した。このように、横浜の名を広めながら地域を盛り上げる取り組みを続けているのだ。
シウマイの普及活動は国内にとどまらない。海外への販路拡大も近年力を入れている。
ただし現状、訪日観光客によるシウマイ弁当の売り上げは目立って伸びているわけではないという。理由の一つは食文化の違いだ。
「海外の方は温かい状態で食事を召し上がることがほとんどなので、冷めている弁当がそもそも選択肢から外れてしまうのかもしれません」と高井氏は言う。
他方で、海外への進出もここ数年で広がっている。
シンガポールやタイでは催事を開くほか、台湾では子会社を通じて店舗を構え、現地では温かい状態で提供する「台湾版シウマイ弁当」を販売する。レシピは引き継ぎつつ、現地で調達できる食材に合わせて中身を一部変更している。
ただし、「日本国内と比較すると、売り上げ的にはまだまだ。これからより注力していく必要があります」と高井氏は現状を冷静に見つめる。現地客の獲得というよりも、まずは情報発信拠点の意味合いが強いというのが率直な評価だ。
子どものころに食べた
思い出の味を大切に
崎陽軒のメイン顧客層は、40代から70〜80代までと幅広い。「子どものころに何かの集まりだったり、家庭の夕食だったりなどでシウマイが出てきて、それを食べていた方々が、大人になってまた買ってくださるケースが多いとよく聞きます」と高井氏。人によっては3世代でシウマイやシウマイ弁当を食べている状況が、途切れることのない需要を生んでいる。
長く支持される要因について、「変えるものは変えて、変えない部分はしっかりと守っていく。幼少期の思い出の味が、大人になって食べたら別の味になっていると、お客さまをがっかりさせてしまいます。そうならないようにすることが大事です」と高井氏は意気込む。この一言に、シウマイ弁当が数十年も変わらずにいる理由が凝縮されている。
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一方、課題もある。繁忙期に需要が製造能力を上回ってしまうことがあり、設備投資の検討も進めているという。惣菜単体よりもより手軽な弁当を選ぶ消費行動が広がる中食市場の追い風も受けながら、崎陽軒は今後も攻めの戦略を推し進めていくようだ。
70年を超えて日常に溶け込んだシウマイ弁当が、これからも横浜の名物であり続けるかどうか。その答えは、変えない勇気の中にあるのかもしれない。







