「もっとやる気を出さなければ」と思っているのに、どうしても気持ちがついてこない。そんなとき、私たちはつい「やる気がない自分はダメだ」と考えてしまう。だが、そもそも人生に「やる気」は必要なのだろうか。名司会者・タモリは「やる気のある者は去れ」と語る。頑張ることを求められがちな私たちに、タモリが投げかけた“脱力”のメッセージとは。※本稿は、名言ハンターの大山くまお『脱力名言。』(三笠書房)の一部を抜粋・編集したものです。
そもそも人生において
「やる気」は必要なのか?
やる気のある者は去れ。
タモリさん Photo:JIJI
私たちはいつも「やる気」を求められています。
「やる気を出せ」
「やる気がすべて」
「やる気さえあれば何でもできる」
世の中は、こういった言葉で溢れています。「やる気」は「モチベーション」と言い換えられることもあるようです。
でも、「やる気」ってそんなに必要でしょうか?というか、普段からみんな、そんなに「やる気」を出しているでしょうか?
歯を食いしばって努力を重ね、チャンスを掴み、成功を収めて、お金をたくさん得る――それはたしかに、とても素晴らしいことです。
でも、毎朝決まった時間に起きて出勤し、決められた仕事をして、ごはんを食べて、帰って寝る。もしくは家族のために家のことをする――これだって、十分素晴らしいことなんじゃないでしょうか。
そして、これは「やる気」の有無とは関係ないと思うのです。
朝、起きなければいけないから、起きる。やらなければいけないから、やる。自分にできることを粛々と、やる。実際はそんな人が多いかもしれません。
「やる気がないからダメ」なんてことはありません。毎日、やらなければいけないことをやっている人は、それだけで素晴らしいのです。
冒頭に掲げたのは、タモリさんの有名な言葉です。これってどういう意味なのでしょうか?
タモリさんは「やる気のある奴っていうのは、中心しか見ていないんだよね。お笑いっていうのは、大体周辺から面白いものがはじまってくるじゃない」「やる気のある奴はそれ見てないんだよ」と語っています。
つまり、前向きでやる気全開の人ほど、大切なものを見落としがちだというのです。
これは、お笑いの世界だけに限りません。とにかく前向きで一生懸命な人ほど視野が狭くなってしまうのは、よくあること。やる気の有無に一喜一憂したり、無理にやる気を奮い立たせようとしたりして、余裕をなくす必要はありません。
それよりも、毎日、やらなければいけないことを淡々とこなして、自分の役割を果たすほうが、大事なことだと思うのです。
「やる気がない状態」と
「やる気がない人」は違う
あなたはいま、たまたまやる気がない「状態」なだけで、決してやる気がない人ではありません。そのことを自分で勘違いしないでください。
「やる気」に頼らず、ただ淡々とこなす。それでも、つい「もっと、もっと」と焦ってしまう人には、教育者である鳥羽和久さんの言葉が効くかもしれません。著書『君は君の人生の主役になれ』からの一節です。







