薬剤費の3割にあたる7万5000円は高額療養費制度の自己負担上限額(8万円)に到達しないため、患者が全額を病院窓口で支払わなければならない。また、制度利用金額にそもそも達していないため、当然ながらいつまで経っても多数回該当は適用されず、1カ月あたり7万5000円を延々と支払い続けることになる。

 このような高負担が生涯ずっと続いていくことを想像すれば、生物学的製剤やJAK阻害剤の投与を躊躇する人が出てくる(受診抑制)のも当然だろう。

「おそらく高額療養費制度ができた当初(1973年)は、大きな事故や怪我など、突発的に必要になるけれどもしばらくすれば収まるような医療費をカバーする、といったことを念頭に置いて制度を設計したのだと思います」

 と、五十嵐中東京大学特任准教授(当時)は推測する。

「多数回該当のルールもある時期(1984年)以降にできましたが、現在のように年間で何十万円もの自己負担がずっと続く事態を、当時はおそらく想定していなかったのだと思います。

 だから、15~16年前にこの制度について議論をしていたときにも、個人的には『この制度は、ちょっと今の時代に合ってないんじゃないか……』という印象をすでに持っていました」

年収500万円でも治療をためらう
「破滅的医療支出」の境界線

 五十嵐特任准教授は、年収に占める医療費支出の割合も算出している。

 当然ながら、年収の高さに比例して、医療や娯楽に割くことができる「所得」の金額的余裕も高くなっている。WHOの定義では、この「所得」のうち医療にかかる費用が40パーセントを超えると、貧困に陥りやすい「破滅的医療支出」になる、とされている。

 たとえば年収500万円世帯の場合だと、生活費を引いた「所得」は245万円。このうちの4割、98万円が破滅的医療支出に陥るかどうかの分水嶺、ということになる。前述の生物学的製剤投与の例でいえば、高額療養費制度の適用水準に達しない7万5000円の支出が12カ月続けば90万円になるので、(年間上限額[注1]の導入前は)治療を開始するかどうか躊躇してしまうという心理には極めて合理性があることが、計算上でも示されたわけだ。

[注1]月ごとの自己負担額を積み上げ、年間上限を超えた分が払い戻される制度。2026年8月診療分から適用され、年間は8月から翌年7月までを指す。