チャイルドシートから見えた、月面を駆け回るハムスター
「見て、きれいな満月だよ」
東京にある自宅――。
リビングの窓から覗く満月に気がついた私は、網戸を開けながら、当時4歳だった娘に声をかけました。
すぐに窓辺にやってきた娘は「うん、知ってたよ。さっき自転車で帰るとき、ずっと見てたんだ」と言いました。さらに、「ねえ、月にグレーの部分があるの知ってる?」と私に問いかけてきます。
私は少し驚きました。
これまで月(つき)の海(うみ)やクレーターについて、教えたことはもとより話題にしたこともなかったからです。
「月にタネがいると思う。月を走り回ってるの。見える?」と娘。
「タネ」というのは、以前に飼っていたハムスターの名前です。少し前に死んでしまったタネは、月面の色と似たグレーの毛並みをしていました。
私は月の表面をじっと見つめました。
月の海やクレーターは複雑な模様を織りなしていて、近視がかった私の目には、心なしかそれらがチラチラと動いて、走り回っているように見えました。
私たちは、世界のほとんどを「取りこぼして」いるのかもしれない
「お月さまって大好きなんだ」
じっと月を見上げたまま、娘が言いました。
そろそろ眠る時間が迫っていましたが、私たちは窓辺にごろんと寝転がり、しばらく月の観賞を続けました。
考えてみれば、私がこんなにゆっくりと月を見たのは、ニュージーランドでのツアー以来のことでした。
「見て、きれいな満月だよ」と呼びかけたとき、私には内心「じっくりと月を眺めるような『感性』が、娘のなかに育ってほしい」という想いがあった気がします。
しかし、それはまったくのおせっかいでした。
彼女は私よりはるかによく世界を見つめていて、すでにさまざまなものを感じ取っていたからです。
旅先のツアーに参加して「はい、見てください」と促されないかぎり、夜空をじっと見られない私と、自転車の後ろの席でみずから月を見上げ、想像を広げていた娘。
私たちの頭上には、まったく同じ夜空がありました。
しかし、そこから受け取るものには「大きな差」があったのです。
あなたは、この1週間で夜空を見上げたことはありますか?
そして、そこからどれだけのものを受け止めましたか?






