それは主義? はたまた事情??「AかBか」という主義が分かれそうなトピックをあらためて考える、人気エッセイストの古賀及子さんによる書き下ろし新刊『暮らしの信じ方』より抜粋・再構成して公開します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

暮らしの信じ方Photo: Adobe Stock

時間ぴったりに登場するロマン

 自宅から電車で一時間ほどの街で、今日は二件、約束がある。

 ひとつは打ち合わせ、もうひとつは雑誌の取材だ。

 乗るべき電車、降りる駅はもちろん事前にしっかり確認し、わかっている。打ち合わせ開始の二十分前には現地に到着するように自宅を出て、最寄駅に到着すると、乗り換えアプリで降車駅までの乗り継ぎをあらためて調べる。

 アプリの案内どおりに電車に乗って移動、遅延もなく、乗り換えで迷うこともなかったため、余裕を持って出た時間のとおり二十分早く、打ち合わせ場所の近くに到着した。

 気ままにぶらぶら歩くのが苦手なものだから、打ち合わせ場所から真っすぐ十分弱歩いて、同じ道を十分弱かけて戻ってきた。

 待ち合わせの時間ぴったりだ。満を持して相手方を訪ねる。

 滞りなく打ち合わせを終え、次の約束まであと二十五分あった。おそらく時間が余るだろうなと、事前に書店に寄ろうと考えていたから、するっと書店に行って、買うつもりの本を探す。

 ほかにも何かないか棚を見つつ、約束の場所への道順を念のため地図アプリで調べなおす。徒歩四分と出た。六分前になるまで書店でさらに品定めをし、会計をして、五分前に出る。

 待ち合わせの一分前に会社の受付に到着したところ、受付をする直前に、ちょうど担当の方がやってきた。

 余裕を持って、ぎりぎり着きたい。それが私の、待ち合わせにおける願いだ。

 心がけを超えて、願いとしてこの余裕とぎりぎりを実践しているところがある。絶対に遅れたくないし、遅れそうだとあわてたくもない。

 保険として余裕をかけておいて、そのうえで、約束の時間ぴったりに突然そこに現れたかのように登場したい。ロマンだ。