それは主義? はたまた事情??
「AかBか」という主義が分かれそうなトピックをあらためて考える、人気エッセイストの古賀及子さんによる書き下ろし新刊より抜粋・再構成して公開します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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前回≫7/31公開、「えっ、これが正解?」美容院でどう振る舞うか、いまだに迷ってしまう理由【古賀及子さん書き下ろし(2)】
このまま出されたお菓子を食べられない自分でいいのか
先日も友人の紹介でヘッドスパに特化した美容院へ行ったところ、スパが終わったあと、髪を乾かす前にお茶と一緒にお菓子が出てきた。
このお店は飲み物も、コーヒーや紅茶、水に加え、数種類のハーブティーから選べる気合いの入り方で、これはもしや来るのではないかと身構えたら、やはり来た。
お菓子を身構えすぎて、お菓子が出るかの予測の精度が研ぎ澄まされてきたことに笑ってしまう。
今日のは生地をスプーンですくって天板に落として焼くタイプの、ごろっとしたクッキーだった。個包装にされているから、いつものようにお願いして持って帰ることもできるけれど、じわじわと、このままでいいのか、という気持ちが湧く。
このまま、美容院で出されたお菓子を食べられない自分で、いいのか。
食べずに持ち帰ることが、ほとんど自分の通例のようにすらなって、けれどそれは妥協だ。食べられないから、持ち帰っている。
本心としては、やっぱり堂々として、食べたいのだ。
いつものようにぼわぼわと髪が乾かされていく。途中でアシスタントらしい美容師さんもドライヤーを持って加わり、ふたり体制になった。
やっぱり食べづらい。
美容師さんが一生懸命私のために作業してくれているなか、のうのうと菓子をくらうことへの申し訳なさのようなものも、もしかしたらお菓子の食べづらさのひとつかもしれないなと思いながら、いや、いらぬ遠慮だとかき消す。
リフレッシュが、完全なものになる
アシスタントの美容師さんが抜けて、メインで担当してくれる美容師さんひとりになった。今だ。
「いただきます」と、小さな声で言って、ついに私はお菓子を手にとったのだった。「あ、どうぞ~」と美容師さんは応えてブローの続きをしてくれている。
てるてる坊主のままお菓子をビニール袋から出して食べ、凝ったラインナップから選んだカモミールティーを飲む。
おおおお……おいしいいい。
私は一時期、師範免状を持っている父の影響で宗徧流の茶道の稽古に通っていたことがある。濃茶と呼ばれる練った抹茶も、薄茶と呼ばれるさらさらと飲み下せる抹茶も、どちらにせよ最初にいきなりお菓子をいただくのが席の流れだった。
いきなり、濃茶であれば練り切りのような主菓子を、薄茶であれば干菓子を、まず、食べる。口内の濃度をお菓子で上げに上げてこそ、あとのお茶が、途方もない香りと味わいで、鼻腔に、口に、喉にやってくる。
美容院でお菓子を食べてお茶を飲み、茶席でのお濃とお薄、両方の味を思い出した。
シャンプーやカット、ヘッドスパをしっかりとしてもらって、口はからからだ。そこにまず、お茶ではなくお菓子を入れる。ひと心地ついて、お茶をぐっと飲む。リフレッシュが、完全なものになる。
長らくやりあぐねていた、美容院でお菓子を食べることがやっとできた、そこにほっとした気持ちがあったかもしれないが、なにしろすごく、さっぱりした。
「人生は選択の連続」とは、美容院のことを言っているのではないかと思う
美容院は、利用客にとって重大ではないレベルの、小さな問題が多い場所だ。
美容師さんと話すかどうか、渡された雑誌を読むかどうか、シャンプーのときに「おかゆいところは」「流し足りないところは」と、聞かれたときにちゃんと自分の考えを答えているか、顔にかけられた薄い紙がずれないようにするにはどうしたらいいか、最後に美容師さんが出入り口の外で見送ってくれるとき、ある程度歩いてから振り返って会釈するか、ひとつの美容院に通うか、それともあちこち行くか、どうしたらいいがうずまく、るつぼのような場所だ。
「人生は選択の連続である」とはよく言う。美容院のことを言っているのではないかと思う。
今後も、あっけらかんとしてお菓子が食べられるかどうかは、まだちょっとわからない。美容院で出されたお菓子を食べることは、自転車に乗れるようになるみたいに、一度できたらずっとできることではないように思う。
結局毎回、どきどきして、どうしようと狼狽えるんじゃないかという予感がする。
美容院という場の特異性が、そうさせるのだろう。
(おわり)





