世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「ウィトゲンシュタインの教え」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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同じ言葉でも、なぜ伝わり方が変わるのか?
SNSを開くと、何度もやり取りしている人の投稿が流れてくる。最近行った場所や考えていることなど、直接会ったことはなくても、日々の変化はなんとなく知っている。
ふだん会っているわけではないのに、久しぶりに会った知人より、その人の近況のほうが詳しいこともある。こういう相手を「友達」と呼ぶのか、ときどきわからなくなる。
何気なく使っている言葉でも、場面が変わると受け取られ方が少し変わることがある。
この言葉の働きに注目したのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されているオーストリア出身の哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889~1951)である。
それゆえに一つの文節や単語の持っている意味は、それがどのような文化のいかなる世界について書かれた文脈の中に登場しているかによって、相違してくる。
――『哲学と宗教全史』より
ウィトゲンシュタインにとって、言葉はそれだけで意味を持つものではなかった。
誰に向けられた言葉なのか、その場でどう使われたのかで、言葉の意味は変わっていく。
「友達」という言葉も、その一つである。
学生時代からの友達、SNSで言葉を交わす友達。同じ「友達」でも、そこにある距離感や関係の深さは少しずつ違っている。
いつもの言葉を疑ってみよう
言葉のすれ違いが起きたとき、私たちは相手がどんな意味で使ったのかを確かめる前に、自分が知っている意味を当てはめてしまう。
けれど、同じ言葉でも、誰が誰に、どんな場面で使ったかによって意味は変わる。
大切なのは、言葉だけを取り出して意味を決めるのではなく、その言葉が使われた状況まで見ることだ。
ウィトゲンシュタインの思想は、会話がすれ違ったとき、言葉そのものではなく、それが使われた場面まで見る大切さを教えてくれる。





