……えっと、いつだ?シャボフスキーは紙に目を落としたが、具体的な開始日時などは書かれていなかった。一方で、規制緩和の政令文には、「遅滞なく」という文言があった。

「私の知る限り……直ちにです。遅滞なく」

 その瞬間、会場がざわめいた。退屈な定例会見かと思いきや、とんだ特ダネだ。今後は、合法的に国境を越えられる地点からなら出国できるらしい。

 ということは、もしや。

「ベルリンの壁の検問所からもですか?」

 再び質問が飛んだ。これに対し、シャボフスキーはこのように答えた。

「はい、ベルリンの壁を含め、すべての国境通過点からです」

報連相の失敗により
新時代の幕が開けた

 実は、この会見は色々と間違っていた。

 そもそも、旅行自由化の政令は、まだ成立していなかった。成立のためには閣議決定をする必要があったのだが、11月9日の段階では、閣議に持っていくための関係機関の承認が済んだだけ。

 しかも、例の「遅滞なく」の文言は、政令発令後、ビザの発給を求められたら迅速に対応するように、という話だ。少なくとも今じゃない。

 もう1ついえば、ベルリンの壁の検問所は、合法的な「国境通過点」ではあるが、規制緩和の対象外になるはずだった。

 なぜここまで、幾重にも間違えたのか。

 シャボフスキーに問題の紙を渡したのは、東ドイツの最高指導者であるエゴン・クレンツという人物だった。クレンツは、シャボフスキーが新政令の議論に参加しているメンバーの1人だとわかっていたためか、紙の内容について詳しい説明をしなかった。

 ところが、シャボフスキーは激務すぎて、議論の途中で何度も中座してしまっていた。そのせいで、細かい内容や発効時期、さらにはメモの内容のうち今日の時点では黙っておくべきことを把握できていなかった、というわけだ。

『世界を変えた「凡ミス」図鑑』書影世界を変えた「凡ミス」図鑑』(近藤仁美、三笠書房)

……ああ、報連相。発表前に内容を確認し合っていたら、この事態は防げたかもしれない。

 とはいえ、常に過労気味の現場だ。あとから考えれば「なんで聞かなかったの?」と思うようなことでも、抜けてしまうのは想像に難くない。しかもこれ、国中にテレビ放送か。他人のことなのに、なんか胃が痛い。

 シャボフスキーの発言後、東ドイツの国民がベルリンの壁に押し寄せた。西側からも人が集まり、ともに「壁」を破壊。東西の人々は、シャンパンを開け、抱き合って喜んだ。

 こうして、報連相の失敗という凡ミスにより、新時代の幕が開けた。統一されたドイツは、今やGDP(国内総生産)では日本を抜き、世界3位の経済大国になっている。