黒田東彦が解説する「世界経済秩序の変容」、米国一極体制の終焉で世界と日本はどう変わったか1989年11月9日夜、ベルリンの壁に殺到する市民。ベルリンの壁崩壊で東西冷戦構造は終わりを告げ、世界経済秩序が変容していった Photo:robert wallis/Getty Images

米トランプ政権の関税政策やロシアのウクライナ侵攻で、世界経済の分断が加速している。前日本銀行総裁の黒田東彦氏が執筆するダイヤモンド・オンラインの連載『黒田東彦の世界と経済の読み解き方』の今回のテーマは、「世界経済秩序の変容」。米国一極体制の終焉で世界と日本はどう変わったのか。

ベルリンの壁崩壊で壊れ始めた冷戦構造
世界経済秩序の変容の始まり

 米トランプ政権の一部の関税政策について、米連邦最高裁判所は違憲判決を下し、ドナルド・トランプ大統領は対抗措置として新たな関税を課す大統領令に署名したと発表した。

 トランプ関税は世界経済の分断を加速させている。ロシアのウクライナ侵攻の段階でロシア経済と欧州経済の分断が生じていたが、トランプ関税以降は、G7(先進7カ国)と中国・ロシアという、世界経済の分断が深刻化している。

 前回の寄稿では金本位制から変動相場制に移行していった国際通貨制度の変遷と、世界経済の変動について解説した(参照『黒田東彦が解説する「国際通貨制度と世界経済」、変動相場制での経済成長に不可欠な要素とは?』。今回は分断が進む世界経済秩序の変容について掘り下げてみたい。

 第2次世界大戦後の世界経済秩序は、米国の強い指導力の下で、IMF・GATT(国際通貨基金・関税貿易一般協定)体制によるドル基軸通貨と自由貿易が確立された。1971年にドルと金の交換を停止したニクソンショックが起こったにもかかわらず、ドルの基軸通貨は変わらなかった。

 ただし、この体制は、米国を中心とする西側のものであった。その外側に、ソビエト連邦を中心とする東側の管理貿易と社会主義の体制があり、世界経済は、冷戦構造の二極分断のままであった。実際、ソ連など東側諸国はIMFにもGATTにも加盟していなかったのである。

 こうした冷戦構造が壊れ始めたのは、東西二極分断の突端ともいうべき東西ドイツにおいて、東ベルリンと西ベルリンを分断するベルリンの壁が、89年に崩壊したときからである。