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アメリカのトランプ“新重商主義”政策が世界を揺るがしています。重商主義=保護主義政策の源流は17世紀の“元祖”重商主義です。元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」をもとに、経済思想家たちの軌跡を辿っていく連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。初回では、この“元祖”重商主義の前段階として、大航海時代の探検家たちを刺激してグローバル経済を起動した「ヴェニスの商人」マルコ・ポーロ(1254~1324)の『東方見聞録』を取り上げます。『東方見聞録』に記された金銀財宝と物産への憧憬が、やがてヨーロッパを重商主義の時代へ導くからです。(コラムニスト 坪井賢一)
500年前の重商主義が今再び蘇る理由は?
まずはマルコ・ポーロの軌跡を辿ろう
みなさん、「実はマルコ・ポーロの旅路を辿れば、トランプ大統領やアメリカの行動への理解がはかどる」と言われたら驚くでしょうか。まあ、ちょっと聞いてください。まずはマルコ・ポーロの話題の前に、シェイクスピアから。
シェイクスピア(1564~1616)が戯曲『ヴェニスの商人』を書いたのは1590年代末のことでした。ヴェニスはヴェネツィアの英語名で、ここからはイタリア語のヴェネツィアと書きます。外洋船を運航して北アフリカ、イギリス、アメリカ大陸へ投資しているヴェネツィアの商人アントーニオは、友人バッサーニオのためにユダヤ人高利貸しシャイロックから借金し、担保を心臓付近の肉1ポンドとする猟奇的な契約を結びます。
投資した船が行方不明となり、アントーニオは返済できずにシャイロックに訴えられて法廷で争います。契約履行を迫られて窮地に立たされたアントーニオ。そこへバッサーニオの恋人ポーシャが男装の法学博士として登場、機転を利かせてシャイロックをやりこめる法廷喜劇ですが、観客は大笑いののちにユダヤ人差別とシャイロックの深刻な悲劇に絶句して終わる多義的な戯曲です。
1590年代といえば欧州列強が東方の物産(絹、胡椒、香辛料、陶磁器)を購入し、ヨーロッパ各地で高く売ってもうける、いわば“商業資本主義”の時代でした。シェイクスピアが経済劇の舞台としてヴェネツィアを選んだのは、数百年に及ぶ国際的な商取引(ディール)の中心地だったからでしょう(★注1)。
シェイクスピアのこの芝居の300年前、実在したヴェネツィアの商人マルコ・ポーロは、1290年代末に『東方見聞録』を書きました。『東方見聞録』はヨーロッパの探検家や商人を大いに刺激し、大航海時代、そして重商主義の時代を導いたのです。
ところでみなさんは高校3年生ですが、マルコ・ポーロは知っていますよね(この連載は実際に行った高校生向けの授業「大学の経済学入門」をもとに追加、修正をしています)。
生徒A:もちろん、マルコ・ポーロもシェイクスピアも高校の英語や世界史の教科書に登場します。『東方見聞録』を読んだことはありませんが。
読んでなくても書名と内容は授業でざっと知ったはずですよね。では、『東方見聞録』のページを繰る前に、経済思想史の概略を見ておきましょう。
経済政策・経済思想・経済学の500年
現代に重商主義が大きく息を吹き返す
近代の経済学は、政府による保護貿易で金銀財宝を蓄える重商主義と独占に対して、重商主義を否定し、競争による自由市場主義を主張したアダム・スミスによって切り開かれました。ただし、スミスが否定した重商主義は、21世紀に大きく息を吹き返しています。
重商主義から500年間の経済政策・経済思想・経済学の流れを素描すると、このようになります。カッコ内の名前はその時期の代表的な経済学者です。経済思想がリピートしていることがわかりますね。
【重商主義】
16世紀半ば~18世紀半ば ●南米やアジアから金銀収奪(重金主義)→国家の干渉による貿易黒字確保で富を蓄積、商業資本主義 (トーマス・マン)
【自由貿易】
18世紀末~19世紀後半 ●英産業革命で飛躍的に生産性向上、自由放任(アダム・スミス)、比較生産費説・自由貿易、産業資本主義 (デイヴィッド・リカード)
【保護主義】
19世紀末~20世紀初め ●1873年恐慌後、米独英が保護主義政策へ (カール・マルクス)
【帝国主義】
20世紀前半 ●列強のブロック経済、世界恐慌 (J.M.ケインズ)
【自由貿易】
20世紀後半 ●戦後GATT体制で西側は自由貿易を目指す。東西冷戦。1990年代は冷戦終結、グローバリズム、移民増加 (ミルトン・フリードマン)
【新重商主義】
21世紀 ●反グローバリズム、反移民ナショナリズム、トランプの一国繁栄主義、中国の政治的資本主義、ポピュリズムの台頭(スティーブン・ミラン★注2)
500年前の重商主義が巡り巡って、今、息を吹き返している。つまり、この間の経済政策・経済思想・経済学の流れを知ることは、現在の世界で起こっている問題を理解するために役立つはずです。それでは、500年を遡るタイムトラベルに出発してみましょう。
【次のページ以降のポイント】
(1)マルコ・ポーロの中国への大旅行を可能にしたパクス・モンゴリカ
(2)朝鮮半島から東ヨーロッパまで攻め込んだ巨大モンゴル帝国
(3)早熟のヴェネツィア共和国は「12世紀の近代国家」だった







