ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長 Photo:jiji
ソフトバンクグループを率いる孫正義会長兼社長は、ブロードバンド事業に巨額の先行投資を続けていた2002年、プロジェクトを引き継いだばかりの若手社員の冨澤文秀を6時間にわたり叱責した。その理由とは? 厳しい要求は、どのように人の成長と成果につながるのか? 2つの経営学研究を手掛かりに、孫流の人材育成を読み解く。(イトモス研究所所長 小倉健一)
若手社員を襲った
6時間の叱責
「もうお前の顔なんか見たくない!」
孫正義は、20代の中途入社社員の冨澤文秀にそう言い放った。
杉本貴司著『孫正義 300年王国への野望』に描かれた、ソフトバンクの人材育成を象徴する場面である。
時は2002年。冨澤はNTTからソフトバンク・コマースへ移って約2年、まだ30歳手前だった。後に人型ロボット「Pepper」の事業を率いる人物である。
直接の上司はソフトバンク・コマース社長の宮内謙である。冨澤は宮内の下で働きながら、担当事業については、ソフトバンクグループを率いる孫から直接レビューを受けていた。
なぜ孫が、若い社員の資料まで見ていたのか。
冨澤が担当していたのは、当時のソフトバンクが社運を懸けていたブロードバンド関連事業だったからである。
社運を懸けた
赤字事業
ソフトバンクは2001年9月、高速インターネット接続サービス「Yahoo!BB」を始めた。2002年4月にはIP電話「BBフォン」を商用化し、同年9月には加入者が100万人を突破した。
まだ利益は出ていないフェーズであった。通信網の整備、モデムの調達、顧客獲得に巨額の先行投資がかかっていた。2003年3月期のブロードバンド・インフラ事業は、売上高約400億円に対し、営業赤字約962億円だった。利用者は急増し、損失も膨らんでいた。成功すれば日本の通信市場を変える。失敗すれば会社を揺るがす。冨澤が引き継いだのは、そんな局面のプロジェクトだった。
『孫正義 300年王国への野望』によれば、引き継ぎからわずか2日後、孫は土曜日のレビュー会議を開いた。冨澤が資料を準備できたのは実質1日だけ。会議は6時間に及んだ。孫は事業の問題点を次々に挙げ、ほとんど一方的に叱責した。
会議後、冨澤は、孫に叱責を受けたことに対して、宮内に謝罪のメールを送った。宮内から返信が届いた。







